仕事38
負傷者の応急処置を済ませると、兵士が独りで歩けない重傷者に手を貸したり、数の少ない担架や荷車で運びながらの移動を再開する。
スキアとの戦闘があった場所からある程度離れたところで、安全を確認してから野営を行う。
その際、エインは被害状況の確認を真っ先に行わせた。結果は、スキアの集団の襲撃を受け、その集団を抜けてきたにしては被害が少ないモノであった。
「冒険者の頑張りは勿論だが、この結果は主に彼のおかげかな」
主だった者を集めた、これからについての話し合いの場で被害状況の報告を受けたエインはそう漏らすと、離れた場所で冒険者や兵士と何やら語らっているヒヅキの方へと目を向ける。
「エイン様の読みが当たった、という事ですね」
近くに居た、ケスエン砦でヒヅキを案内した側近の男がそう相づちを打つ。
「彼の活躍を見聞きすれば誰でも至る結論だ。それにしても、彼は一体何者なのだろうな」
「分かりません。冒険者ではないようですが、一般の者であれ程までの実力者は聞いたことがありません」
「そうだな……」
あれだけの実力者ならば、ここに居る者ならばどこかで必ず耳にしている事だろう。しかし、誰一人として『ヒヅキ』 などという名を耳にしたものは居なかった。
「偽名でしょうか?」
故に、側近の一人のその疑問も頷けた。
「シロッカス殿が遣わせた護衛だぞ? それは些か考え難い。それに、例え偽名であってもあの能力は目立つ。そんな噂を聞いたことは……恥ずかしながらも私には無いぞ?」
少し考えてエインはそう言葉にする。光る剣と派手な爆発の様な攻撃だ。そんな誰の記憶にも残りそうなモノが噂にさえあがっていない方がどうかしている。
それに、エインは情報収集に余念がない王族で、その収集している情報は雑多であり、集まる情報はかなりの広範囲に及び、それこそ辺境の小さな村での出来事でさえも耳に入ってくる程だ。その耳目は国境をも越える。
そんなエインでさえ耳にしたことがないのだ、余程目立たない場所で暗躍していたのか、そもそも使っていなかったか。どちらにしても不明な存在である事には変わりがなかった。
「このまま同行させていてもいいのでしょうか?」
正体不明の者を同行させることに不安を感じた別の側近の一人がそう口にする。
「だが、彼が居なくてはまたスキアが襲ってきた時に対処しきれまい?」
「それはそうですが……」
実際、ケスエン砦の脱出の時からヒヅキが居なければ、この場に居る者は全員が死んでいた可能性が極めて高い。
「まぁ今のところ不審な行動は見受けられないから、もう少し様子を見ようではないか」
「……そ、そうで御座いますね」
まだ不安ながらも、生き残るためには他に選択肢も無いと、その側近は頷いた。
「さて、では彼の事は一旦ここで仕舞いにしよう。次はここから次の砦までの道順についてだが――」
まだまだ話し合わねばならない事は色々とあった。その進行をしながらも、エインは胸中でヒヅキの事を考える。
(悪い人間ではないと思うが……何分正体が掴めん。よもやどこぞの刺客や密偵ではないと思うが、私は敵が多いからな。個人的には嫌いではないが、警戒は継続しておくか)
胸の内ではそう考えながらも、エインは滞りなく早急に決めるべき議題を消化していくのだった。