仕事30
「君も気づいているだろうが、ここはそう長くは保てないだろう。しばらくしたら我らはここから撤退するつもりだ」
「それは……」
スキア相手にその作戦は限りなく無謀な作戦だろう。それはヒヅキだけではなく、エイン自身もこの場の誰もが理解している事だった。
「心配は解る。だが、防壁を破られた後の事も考えなければならないだろう? 防壁が破られた後はあっという間にスキアに蹂躙されるぞ。それはただただ悲惨なだけだ」
最初のスキア侵攻時の事を思い出し、エインは悔しげに奥歯を噛む。
「だから、可能ならば一人でも多く助けたい。これは無理だと思っていたんだが、君が来てくれたことで少し光明が見えた気がしてな」
「光明、ですか?」
「ああ。我らの撤退に力を貸してはくれないか? この場の冒険者だけでは手が足りない。だが君は一人で冒険者数十人分の強さがある」
「…………」
「礼は望むものを望むだけ約束しよう。それだけのことを頼むのだ、領地でも地位でも金でも何だって与えよう。それこそ、もし君が望むなら私自身を君に捧げてもいい」
「エイン様!!」
「それだけ無茶な願いをしている事ぐらいお前も理解しているだろう?」
「それは……」
勝手に話を進めて盛り上がっている主従をヒヅキはどこか冷めた目で眺める。ヒヅキは富も名声も地位もエインも何もかも興味が無かった。それどころか、下手にそのどれかを下賜されるだけで行動に制限が掛かる方が迷惑だった。そもそも生きていくだけならばそんな大層なモノは何一つとして必要ない。
「では――」
かといって何も要りませんではエイン側に貸しを与えすぎて、後々要らぬ返済をされるかもしれないと思ったヒヅキは、砦で食事をした際のシラユリとの会話の後に考えていた今後の可能性の一つに必要そうなものを要求する。
「国境を越える際の手形を下さいませんか?」
「……そんなものでいいのか?」
ヒヅキの要求に、エインは怪訝な目を向ける。
「ええ。手続きも面倒なので。他は何も要りません」
「それなら直ぐに用意できるが……君ほどの存在を国外に……いや、いいだろう。だが、それだけでは私が納得出来ない。別途何かしら用意しよう」
「それは不要です。どうしてもと言うのであれば今回の騒動で被害を受けた民にでも施してください。とにかく、私の願いを許諾いただけるのでしたら、微力ながらこの力をお貸しいたします」
「……了解した。王都に戻り次第用意しよう」
「ありがとうございます」
ヒヅキはエインに頭を下げ、頭を上げると問い掛ける。
「それで、いつ撤退を?」
「今準備している。それまで各戦線が保ってくれればいいのだが」
そう言いながらエインは供の男性に目で合図する。それに男性は会釈すると、何処かへと行ってしまった。




