幕引きと幕開け17
ヒヅキ達が近づく事にした頃には、今代の神は直径5メートルほどの潰れた楕円体となっていた。
その楕円体は相変わらず毒々しい色合いで、表面は僅かにキラキラと細かく光を反射している。しかも、その光が生きているかのように体表をゆっくりと動いているような気がした。
高さは1メートルちょっとぐらいだが、禍々しい存在感を周囲に放っているので、それ以上の大きさに感じる。
もしもこの辺りが岩ばかりの場所ではなくて草でも生えていたならば、今代の神が発する毒気に当てられて枯れていた事だろう。もしくは地面から生えながらにして腐っていたかもしれない。容易にそう思えるぐらいに発する気配は毒々しい。
ヒヅキ達はそんな中でも、英雄達の囲いを抜けて近づいていく。魔砲のせいで地面が今代の神を中心にお椀型に削れているが、急な坂になっていたのは最初だけだった。
今代の神はヒヅキ達がゆっくり近づいていても動く気配すらない。もしかしたらもう意識もないのかもしれない。
毒々しい空気の中を近づいていくと、ヒヅキはその途中で空気が一気に悪くなったのが分かった。
(ここからが、現在の今代の神の領域という事か)
歩みを進めながら、ヒヅキはそう思う。それと共に、急に身体が重くなったような気がした。
(息をするのも大変だな……)
重いうえに震え始めた身体に、急激に乱れていく呼吸。それでも苦しさはあまりないが、意識も朦朧としてくる。
ああ、もう毒が回ってきたのかとヒヅキは思うも、思考する力も鈍っているようで、それ以上は何も思い浮かばない。
止まらずに歩いているはずだというのに、何だかまるっきり今代の神に近づけていないような、そんな感覚もしてくる。
いつの間にかヒヅキの隣を歩いていたフォルトゥナも居ない。ヒヅキが足下に目を向ければ、倒れたフォルトゥナの手が見えた。
それを確認したところで、ヒヅキも全身から力が抜けて、膝から頽れる。
硬い岩の上に倒れたところで、もう痛いのかどうかも判然としない。乱れた息も弱弱しく、朦朧として視界もほとんど何も映さない。
そんな混濁した意識の中でも、そろそろ終わるのかと、その考えがヒヅキの頭に浮かぶ。
(……やっと)
多くの記憶を失ったからなのか、死に瀕しても話に聞く走馬灯とやらは無いようだ。ただ、もう終わるという事だけは理解出来た事で、ヒヅキは安堵の想いが浮かぶ。
ほとんど覚えていないとはいえ、色々あった。だが結局、自分は何をしたかったのだろうかとヒヅキは最期に疑問に思ってしまう。それでも満足出来たかどうかと問われたならば、ヒヅキはそれに満足したと答えるのだろう。何も遺す事はなかったが、心残りも存在しない。
視界が閉じられていくその中で、ヒヅキは思っていた以上に安らかな自身の心に笑ったのだった。
ヒヅキの命が尽きた時、その内に封じられていたそれは出てくる。
それは光球であった。明るい世界でもなお眩しいほどの光を放つその光球は、何処か寂しげに数度瞬く。
それから程なくして、毒々しい色の今代の神が光球に吸い込まれるようにして消えていった。
今代の神が消えると、その場には光球とヒヅキ達の遺体が残る。
そうして今代の神を吸収した光球が再度瞬くと、フォルトゥナの中からも小さな光の球が飛び出してくる。それはフォルトゥに限らず、全ての英雄達からも同様の小さな光の球が飛び出してきた。
何も無いところからも小さな光の球が飛び出してたのは、周囲を英雄達の魂が漂っていたからだろうか。
小さな光の球が出ていった英雄達は、直ぐに全員が消滅していった。その場に残っているのは、女性と人造神と、何故かクロスも残っていた。
全ての光の球を取り込んだ光球は更に輝きを増すと、そのまま人型へと変化する。
人の形を成した光は倒れているヒヅキとフォルトゥナに触れると、そのまま二人の遺体も取り込んでしまった。




