小鬼
カムヒの森に着いたヒヅキは辺りを窺うようにしながらも、光射す森の中を堂々とした歩みで進み続ける。
そのまましばらく進むと、少し離れたところに人影を見つけたヒヅキはそっと歩み寄ると、近くの茂みからその人物の観察をはじめた。
それは粗末な衣服のうえに使い古された革の鎧を着て、手入れのされていない一部が欠けた剣を携えた人であった。その人物はヒヅキに背を向けた状態で、何かを監視するように森の奥をジッと眺めていた。
「一人か?無用心だな」
その人物を観察していたヒヅキは、その無防備な様子に呆れたような呟きを漏らした。
この世界において小鬼とは賊、もしくは規模の大きな賊の集団のことを指した。
元々は鬼族のはぐれ者や罪を犯した者のことを呼んでいたのだが、時代が下るにつれて、種族関係なく規模の大きな賊の集団や賊そのものをそう呼ぶようになっていった。
それは、小鬼と呼ばれる者たちが群れて悪さをするようになり、それの規模が次第に増加して、鬼族以外の者も混じりだし、しまいには鬼族の者が属してなくても賊の集団やそれに属するものを小鬼や小鬼の群れと呼ぶようになっていったのがはじまりだった。
無論、本来の意味とは違うその使い方を鬼族は嫌ってはいるが、一度定着してしまったものを変えることは、なかなかに難しいことであった。
ヒヅキはその賊の一人であろう男を観察し終えると、背後に忍び寄り静かに始末する。
「こんなものか?」
先ほどの冒険者の集団を思い出したヒヅキは、この間抜けな賊の男の呆気なさに僅かに戸惑いを覚える。
「まぁ、楽ならそれに越したことはないんだけど……」
国や周辺の村や町から依頼が出されて一月近くが経ち、冒険者もそれなりに集った現在でも小鬼は討伐されておらず、かといってカムヒの森から追い出せた訳ではない現状から、冒険者が余程の無能者たちか小鬼と結託していない限りは、油断するべきではなかった。
それでもヒヅキは警戒しながらも、変わらず堂々と歩みを進める。小鬼の本拠は既に判明しているので、ある程度の距離までは早めに縮めておきたかったのだ。
それから数回小鬼と遭遇しては逐次処理していったヒヅキだったが、あれから冒険者の姿は一度も見かけることはなかった。
「さすがに隠れながら進んでいるのだろうか?」
ヒヅキはそう考えながら辺りを窺うも、付近に生き物らしい気配は感じられなかった。
それから少し先に進むと、五人ほどの小鬼の一団を見かけてヒヅキは気配を消して近づく。
「…………!!」
その五人組を隠れて視認したヒヅキは、驚きのあまり危うく声を出しそうになったが、慌てて口を固く閉ざしたことですんでのところでそれを飲み込んだ。
(……なるほど、あそこからの流れ者のようだな)
その五人組はまるでどこかの国での正規の騎士のような立派な甲冑に身を包んでいたが、ヒヅキが驚いたのはそこではなく、その五人組の甲冑の肩辺りに彫られていた国旗にあった。
「まさか右手に太陽を掲げる人とはね……新興国コズスィの国旗だな。救済という名の支配を望む国にして、かつてその欲望の為に俺から全てを奪ったやつら……」
そこで突如としてヒヅキの顔から色が落ちる。そう言い表す他にないほどに、一瞬にしてヒヅキの表情から感情が消え失せた。
そんなヒヅキの纏う雰囲気は、先ほどまでと同一人物とは到底信じられないほどに、文字通り豹変していた。
その押し殺された殺気のような雰囲気は威圧的でもあり、もし気の弱い人物が近くにいたら、卒倒してそのまま帰らぬ人になっていたかもしれないほどであった。