幕引きと幕開け10
飛んでくる白い球体からは害意というか悪意というか、とにかく危険な感じはしない。しかし、見た目の大きさだけではなく中身も投げつけた時から変わっているというのは分かった。
どうしたものかと考えるヒヅキだが、とりあえず戦闘体勢を維持しつつ、目の前に障壁だけ何枚か張っておく。
その間もゆったりとした速度でヒヅキに近づいてきた白い球体は、ヒヅキが張った障壁の前まで来ると、そこで止まって地面にゆっくりと着地する。
地面に着地した白い球体は完全に動きを止めると、数秒後に白い球体が消えると同時に、その場に白い球体をヒヅキに渡した黒髪の人物が現れる。
「ああ、上手くいったようですね」
何処からともなく現れた黒い靄のようなモノを薄っすらと纏ったその人物は、それ以外には見た目は変わっていない黒髪の人物ではあったが、その者から発せられた声はとても明瞭に聞こえた。
そのため、聞き取り辛い声しか知らないヒヅキは、一瞬目の前の人物から発せられた声だと分からなかったほど。
「……えっと、貴方は?」
目の前の人物が発した声だと理解したところで、ヒヅキはとりあえず目の前の人物が何者なのかを問い掛ける。
「私は…………誰なんでしょうか? 昔の記憶はないんですよね。消えて、いえ消されているので。ただ、貴方方に分かりやすく言えば、人造神というやつですね」
困ったようにしながらも、黒髪の人物は色々ととんでもない事を言い出す。特に自身を人造神だという言葉をヒヅキは聞き流せなかった。
「人造神ですか?」
「ええ。人が行った最も愚かな所業。その遺物ですね」
何でもない事のようにそう告げる黒髪の人物に、ヒヅキは何と言えばいいのか困ってしまう。
もしも本当に黒髪の人物が言うように、目の前の人物こそが人造神なのだとしたら、ヒヅキ達の包囲の中心で抜け殻のように天を仰いで放心している存在は一体何だというのだろうか。
「あれは神ですよ? 出来損ないですが」
ヒヅキの視線が黒髪の人物の後ろに動いたのを見てその疑問を察したのか、黒髪の人物はそう告げる。
「出来損ないですか?」
「はい。何と説明すればいいか悩みますが、簡単に言えば、神の悪意が私を取り込んで力を付けた存在ですかね? ですから出来損ないの神という訳です」
「はぁ」
どういう意味だろうかと思ったヒヅキは、黒髪の人物に視線を向ける。
そこで改めて黒髪の人物を観察してみると、見た目は変わらず黒髪で全身覆われた奇妙な人物ではあるが、その内包する力は底が知れない。しかも完全にその力を支配下に置いているようで、それだけ膨大な力の持ち主でありながら、意識しなければ分からないほどに穏やかであった。薄っすらと纏っていた黒い靄はいつの間にか消えていた。
そこまで分かると、なるほど人造神というのも本当なのかもしれないと思えてくる。そうであれば、前回出会った時には感じなかった膨大な力の正体は、先程今代の神から取り戻した本来の力という事なのだろう。
そして、白い球体を取り込んでから今代の神が苦しんでいたのは、人造神に力を奪われていたからという事なのだろう。
という事は、白い球体の正体は人造神の核か何かという事なのかもしれない。
「そうですね、話せば少々長くなりますので、その前にあれに止めを刺しておいた方がいいのでは? あのままだといずれ復活しますよ?」
「復活するのですか?」
「復活しますよ。私の力が無くても元々神の力の一部ですので、それだけでも強大な力ですから。それに、ここはあれの領域。放心しているあの姿だけで判断すれば既に終わっていそうですが、あのまま放置していたら結構早く復活するでしょうね」
「そうなのですか」
ヒヅキが今代の神へと目を向けると、確かに見た目は人造神の言うようにもう倒した感じがするも、注意深く調べてみれば、少しずつ力が回復しているのが分かった。
「斃すならば、貴方の最大威力の攻撃がいいでしょうね。今ならそれで復活は阻止できるでしょう。まぁ、消滅まではいかないでしょうが」
「消滅させられないのですか?」
「あれに限って言えば、消滅は不可能ですね。仮にも本物の神の一部なだけに、偽物の神でしかない私でも無理です。とはいえ方法はありますが……その前にあれを斃さなければいけませんね。私が周囲を守るので、貴方は周囲への被害は気にせずどうぞ」
気になる部分は在るが、それでも斃すという点においては目的が一致している。それと人造神を信用するかどうかは別だが、ヒヅキとしては今代の神を斃せればそれで満足なので、どうせ攻撃するならば、周囲への被害を抑えられる可能性が在る人造神の話に乗る事にした。




