神域への道142
ヒヅキは改めて井戸の中と思われる外の様子を見てみる。
そこは石を積み上げて補強された円形の縦穴で、大きさは直径2メートルか3メートルほどだろうか。底は暗くて何も見えないので、何処までも同じ大きさなのかどうかは分からない。
上から垂れ下がっている紐はその中心にあるので、手を伸ばしても届きそうで届かない。それでも無理をすれば手が届くほどの距離なのがなんとも悩ましい。
(あの縄を登れば上に行けるが、縄やそれが結ばれている木組みの強度はどうなんだろう?)
縄は片手で握れるぐらいの太さで、見た目は年代を感じさせるので頼りない。その見た目は、体重を掛ければ簡単に切れそうな気もしてくる。
上を向いて木組みの方を確認してみると、見える範囲で判断すれば、最低限といった印象を受ける。今にも壊れそうというほどではないにせよ、命を懸けるには少々心許ない。
(まずは縄の確認からだろうな)
そう思ってヒヅキは手を伸ばすも、身体を傾けてギリギリまで伸ばした指先は、縄に掠りそうで届いていない。
(これ以上は落ちそうだしな。それにこの壁は石を積んで造られているから隙間に指を引っ掛けられるが、何だか体重を掛けると崩れそうな粗さがあるんだよな……)
体勢を戻したヒヅキは、困ったように壁へと目を遣る。しかし直ぐに頭を切り替えると、長剣で縄をつついて揺らしてみる事にした。
(縄が揺れれば手も届くだろう)
そう思いながら、両手で持った鞘に入ったままの長剣を縄に向ける。それで一応届いたが、縄はピンと張っていて思ったよりも揺れなかった。
(井戸だから縄の下に桶でも付いているのだろうか? もしそうならば、それは水が入った重たい桶となるが)
まるで下でも縄が固定されているような感じに、ヒヅキはどうしたものかと考える。後はフォルトゥナに協力してもらうぐらいしか思い浮かばない。
そういう訳で、ヒヅキはまず室内の調査を終わらせることにした。といっても、もうほとんど終わっていたが。
フォルトゥナの話では、室内は広いだけだったらしい。ヒヅキも調べてみたが、何の変哲もない棚が在るだけの部屋だった。
『ここは本当にただの保管庫だったのだろうか?』
井戸の中に造られたそこは、見た目だけならば確かに保管庫であった。であれば、フォルトゥナの推測通りに食料以外の道具を保管する場所だったのだろうと思うし、井戸の中に在るのは場所の確保が他に出来なかったからだと思えなくもない。
『多分ここは建物の外に在った井戸の中だと思うのだけれども、食糧庫のような場所を確保出来るのであれば、井戸の中である必要性は感じられないんだよな。地上で取り出せるのが重要だったのだとしても、それならあの広いだけの部屋を活用すればいいし』
避難するだけならば、地下の空間だけでも十分な広さだろう。それに井戸の中に在った倉庫よりも、避難場所だと思われる空間の方が随分と広い。そこの一部を倉庫として分割して使用しても、地上部分も避難場所としては問題なく機能した事だろう。
であるだけに、なんとも不自然な感じであった。設計者が単に考えなしだったという可能性もあるが。それに、
『建物からのここへの扉は隠されていた。この場所も井戸の中でまるで隠れ家のようだし、もしかしてここは倉庫に偽装した隠れ場所だったのかも?』
そこが最も引っ掛かった場所であった。仮に本当に道具を仕舞う為の倉庫だったとしても、入り口を隠す必要性は感じられない。むしろ隠す意味が分からない。倉庫に仕舞う道具は避難者達に必要な物だっただろうから、それに気づかねば意味がないだろう。
『それか、ここが脱出口だったのかもしれません。そして隠し扉だったのは侵入者に気づかれない為……いえ、それならば地上に造る意味がありませんね』
『そうだね。脱出口だったのであれば、入り口は地下に用意した方が逃げる先としては適しているだろうね』
もしもあの避難所が何者かから避難する為のモノだったとしても、地上に脱出口があるだけでは地下に避難したら逃げ道を失うだけだろう。
地下の方には何処にも外へと通じる道は発見出来なかったので、フォルトゥナが口にした可能性は低いと思われた。では何の為かと考えると、残念ながら逆の可能性しか思い浮かばなかった。




