神域への道95
さてどうしたものか。ヒヅキは穴を見下ろしながら考える。ただ紐を垂らしたぐらいでは、穴の中に入っている鍵っぽいものは取れない。かといって、指を突っ込んでも到底届きそうもない。
(何か鍵を取り出せそうな物があっただろうか?)
ヒヅキは手持ちの道具を頭に思い浮かべて、小さな穴の中から鍵を取り出す手段を探す。こんな場所に鍵を保管しているぐらいなのだから、もしかしたらこの建物内にそういった物があったのかもしれないが、仮にあってもそれらは既に処分した後だろう。
そうしてヒヅキが手持ちを思い浮かべていると、ヒヅキの横で穴の中を眺めていたフォルトゥナが消去魔法を発動する。穴の中の様子を確かめながら、少しずつ穴の周囲を削っていく。
『……ああ、そうすればいいのか』
フォルトゥナの意図を理解したヒヅキは、納得したように頷く。要は穴を浅くすればいいという事だ。穴の大きさを拡げるとも言うが。
とりあえず、中の鍵が取り出せればそれでいいので、ヒヅキは黙ってフォルトゥナの作業が終わるのを待った。
少しして、鍵までもう数センチメートルというところでフォルトゥナは手を止める。それだけ穴が浅くなれば、流石に指で鍵が取れる。別に危険を冒してまでギリギリの深さまで穴を浅くする必要はないのだから。
消去魔法の行使を止めたフォルトゥナは、そのまま穴の中から鍵を取り出す。
『どうぞ』
『ありがとう』
フォルトゥナから恭しく渡された鍵を受け取ったヒヅキは、その鍵に目を向ける。見た目は他と変わらない普通の鍵だ。わざわざ保存している部屋ではあるが、部屋自体は他の部屋とは変わらなかったのだろう。
他に目を引く点もないので、ヒヅキは足下の穴に気をつけながら扉に近づくと、鍵穴に鍵を差し込んだ。
やはりその鍵は保存されていた部屋の扉の鍵で合っていたようで、鍵はすんなりと回ってあっさりと解錠出来た。
扉の鍵を開けた後にヒヅキは慎重に扉を開けたが、罠などは仕掛けられていなかったようで、何事もなく部屋の中に入る。
部屋の中の雰囲気は、誰かの書斎といった感じ。ただ、部屋の中には机や椅子や本棚などが在るぐらいで他には何も無い。家具だけ残して引っ越しましたといった感じで、何故これを保存しているのかヒヅキには分からなかった。
見回してみるが、他に目につくモノはない。しかし、保存に使用しているだろう魔法道具か何かが何処かに在るはずなので、ヒヅキはそれを探してみる事にした。
部屋はそれなりに広いが、今まで探索していたあの広大な建物の部屋に比べれば小さなもの。置いてある家具は多いが、それでも詰められていたであろう中身が無いので探すのは簡単だった。
机の中や本棚の裏などから、家具の中に隠し場所が造られていないかなどまで隈なく調べる。そうした結果、椅子の座面の中に小さな魔法道具が隠されていたのを発見する。
『これがこの部屋を保存していた魔法道具か』
それは小指の先ほどの小さな魔法道具だが、用途を限定しているとはいえ、大きさの割にかなりの高性能だと言えた。どれだけ長い間保存していたのかまでは不明であるが、それでもこれほど高性能な魔法道具は中々お目にかかれないだろう。
『こんな物が普及していた世界だったのか、それともこれはこの持ち主にとっても珍しかったのか……』
それによっては文明の高さが分かるかもしれないが、少なくとも他の部屋では見かけなかった。あまりにも小さいので、壊れていて隠し場所に気付かなかったという可能性もあるが、それよりも、普及していても1家に1台ぐらいまでだったと考える事にした。どんな文明だったにせよ、滅んでいる可能性の方が高いのだから。
(その前に、ここは再現されているだけだろうが)
明らかに屋外の森の中といった感じではあるが、それでもおそらくまだここは建物の中なのだろうなとヒヅキは思い出して、小さく苦笑してしまった。文明の高さなど、それに比べれば気にもならない。




