仕事14
その日の夜も食事が用意された。
肉を焼いた物とスープとパンであった。
相変わらず豪勢な食事だと思いながらヒヅキは夕食を食べ終えると、部屋へと戻る。
明日の朝にはケスエン砦を発つ予定ではあるが、朝に荷物である武器を届けた以上、夜は特に用事はなかった。
本来であれば警戒も必要ない安全な砦内で久し振りにぐっすりと眠れるはずなのだが、ヒヅキは漠然とした不安から自主的に警戒を続けていた。
そのまま夜も更けた頃。
ヒヅキは浅い眠りから目を覚ます。
「…………」
皆早々と寝たのだろう、しんと静まりかえった室内でヒヅキは上体を起こすと、東の方へと顔を向けた。
「……この感じは……スキア、か?」
陽炎のように揺らぐ黒い気配を感じたヒヅキは、過去の記憶からそれがスキアのものである事を理解する。
「あちらにも居るか」
北側の方にもスキアの気配がある事を感じ取る。
それもぽつりぽつりと数を増してきていた。
しかし、距離はかなり離れていて、ここが最前線だという事を思えば、ヒヅキはこれぐらいは居てもおかしくないだろうと判断する。
「…………」
それでも気になってしまうヒヅキではあったが、今居る場所が砦内である以上、勝手に出回る訳にもいかない。
砦内に知り合いが居る訳でもないし、離れた場所にスキアの気配があるだけで、攻めてきている訳でもなければ、そんな素振りもみせていない。
「…………」
ヒヅキはしばらく考え部屋を後にすると、宿舎の外へと出る。
外に出ると、肌寒い夜風が顔を撫でる。
その風に乗って鼻腔をくすぐるのは、埃っぽい土のにおい。
空には満天の星空が広がり、冷たい青白い光が地上に降り注いでいる。
ヒヅキはスキアの気配を感じた方角へ顔を向ける。
外に出た事で先ほどより鮮明に感じるその気配の数は増えてはいるが、ただそれだけだ。距離がかなり離れているのは、砦の兵がまだ気づいていないところから、間違ってはいないだろう。
かといって、これ以上ヒヅキに何か出来る事はない。攻めてくるのかどうかを見極める事ぐらいだ。攻めてきたら兵に伝えればいいだろう。
「おや? 誰だい? 君は」
そんな事を考えていたヒヅキに背後から声がかけられる。
そちらに顔を向ければ、夜空の下にあっても上質な糸のような煌めきをみせる明るい金色の髪をした綺麗な女性の姿があった。
「私は武器輸送で来た者です」
ヒヅキの返答に、その女性は「ああ、そうか」 と納得すると、追い風で揺られる肩まで伸びた自分の髪を煩わしげに払った。
「それで、宿舎の前で何を?」
女性はその切れ長の目を僅かに細めると、ヒヅキにそう問い掛けた。
ヒヅキは一瞬どう答えるべきかと悩んだものの、正直に答える事にする。
「少し警戒を」
「警戒? この砦に不埒者でも居るのかい?」
「いえ。この砦内ではなく、砦の外の警戒です」
「外、ね。それで? 何か分かったのかい?」
「ここから離れた場所にスキアが集結している事ぐらいしか」
ヒヅキは残念そうに首を横に振るのだが、しかしそれに女性は興味深げな顔をみせる。
「どの辺りに集まっているか分かるかい?」
「ここから北と東にずっと行った場所ですが、正確な距離までは分かりません」
ヒヅキは北と東を指差すと、申し訳なさそうに女性に頭を下げた。
「いや、それだけでもかなり貴重な情報だ。提供、感謝する」
それだけ言うと、女性は少し足早に何処かへと歩いていった。
「そんな簡単に信じていいのかな……?」
一人残されたヒヅキは、嘘は言っていないがそれでもあっさりと信じるのもどうかしていると、少し驚きを覚えたのだった。