神域への道87
ヒヅキが巨大な機具についてあれこれと考えている内に、隣の部屋の前に到着する。
その部屋を覗いてみると、何も無い部屋だった。ただ、室内が真っ黒であった。
『明かりが届いていない、という訳ではないよね?』
『はい。部屋中が真っ黒なのでしょう』
『だよね。ここは何の部屋なのか』
外から観察する限り、黒い部屋という以外には特に何も無さそうだったので、ヒヅキ達は警戒しながらも中に入ってみる。
部屋の中は黒いという事を除けば、特筆すべき点はないように思えた。そのまま周囲を調べながらも奥へと進んでいると、突然強い光が発せられる。
『なんだ!?』
幸い直視はしなかったものの、それでも突然の事にまともに光が目を焼いたようで、ヒヅキの目から数秒ほど光が失われる。その間に何も無かったので、敵襲という訳ではなかったようだが。
目に光が戻ったヒヅキは、急いで周囲に目を向ける。感知魔法を常時発動しているとはいえ、全てを感知出来る訳ではないのだから。
そして周囲に目を向けると、先程まで居なかった人物を見つける。いや、無かったモノといった方がいいのだろうか。
『あれは人? それにしては光ってるし、少し向こう側が透けているし違うのか?』
その人物は肩上で切り揃えられた黒髪の人物で、服装といい顔立ちといい男とも女とも取れる中性的な見た目をしているようだが、おそらく女性だろう。
僅かに床から浮いているように見えるが、その辺りはもう気にもならない。この建物内では何が起こっても不思議ではないのだ。
その人物は遠くの方へと顔を向けたまま動かなかったが、ヒヅキが観察を終えた辺りで動き出した。
楽しそうに走り回ったり、見えない誰かと会話していたり、服装も仕草と共に変化するし、そうして変化する際に場所を移動する時も、転移でもしているのかというぐらいに一瞬で別の場所に移動する。
しかし声はない。他の音も全く無く、ただその人物の日常を切り取った様子を見せられているだけ。そこまでくれば、流石にそれが本物ではないのは確信出来る。
『映像という事か?』
以前にフォルトゥナが話してた霧に何かを投影する魔法ではないが、遠くに何かを映し出す魔法は一応存在する。だが、それはあまりにも出来が悪く、投影可能な距離も時間も短く、大きさも手のひらに乗る程度まで。
映像の質も悪く、誰なのかは近くで見れば一応判別可能という程度。
その魔法には声も載せられるが途切れ途切れなので、実用性はかなり低い魔法だった。それだけに認知度もかなり低く、知っている者の間ではネタ魔法などと呼ばれていたらしい。
そういった魔法が存在するので、それに類する魔法なのではないかとヒヅキは考えた。とはいえ、目の前の映像は比較にならないほど出来が良すぎるが。
(それに、あれには術者が居なければならない。もしもそれに似た魔法であり、仮に距離の問題を解決出来ていたとしても、では一体何処から?)
ヒヅキは周囲に目を向けてみるが、そこに誰かが居る気配はない。それにここは室内で、外は廊下以外に存在しない。可能性としては今代の神か。女性や英雄達なら別の場所でフォルトゥナが捕捉している。
(フォルトゥナの感知を騙してまでこれをやる意味も分からないしな。という事は、今代の神? しかしそれも……)
困惑しながらも、ヒヅキは映像を眺めながら時折周囲にも視線を走らせる。そうしていると、天井の方から光が漏れ出ているのを捉える。
その辺りに誰かが居る気配はなかったが、感知魔法で集中して探ってみると、天井裏に何か機具が置いてあるのが分かった。どうやらこれは装置を用いた映像らしい。
そうしてしばらくその人物の日常を眺めていると、フォルトゥナが思い出したようにヒヅキに声を掛けた。
『この人物は、あの者ではありませんか?』
『あの者?』
フォルトゥナの言葉に、何の話だとヒヅキは首を傾げる。視線を映像の方に向けて眺めてみても、ヒヅキには映像の人物に全く心当たりが無かった。




