神域への道82
(しかし、何故廊下に石像が?)
人影に近づきながら、ヒヅキはその疑問が頭に浮かぶ。
今まで部屋に何らかの変化があっても、廊下には変化がなかった。変化らしい変化と言えば、昇降機へと続く横道ぐらいだろうか。
そんな中での石像の出現に、ヒヅキの警戒心がかなり刺激されてしまう。とはいえ、今まで罠は無かったので、その石像も部屋と同じ扱いなのかもしれないが。
(だが、今までは人の痕跡は在っても姿はなかった)
本の存在や使用された形跡の在る実験器具、血の付いた部屋や拷問器具に、奇麗に整えられていた畑だって在った。それらは紛れもなく誰かがそこに居た痕跡ではあったが、実際にそこに誰かが居たという事はなかった。彷徨っていた幽霊っぽいのは居たが。
もしもヒヅキの視界に映る石像が単なる石像だというのであればいいのだが、それが誰かが石化した姿だというのであれば、それはいつどうやってなったのかを考えなくてはならないだろう。少なくとも、ここで石化したのか、別の場所で石化した存在をここで再現しているだけなのかぐらいは確かめておいた方がいい。
程なくして石像の近くに到着する。かなり警戒して近づいたが、結局何か罠があるという事はなかった。
ヒヅキは石像を観察していく。
外見的に種族は人間だろうか。人がそのまま石化したような石像で、男性とも女性ともつかない服装だが、顔立ちからしておそらく女性だろう。高さは170センチメートルに少し届かないぐらいで、服のせいで体型は分かりにくいが、おそらく細身だ。
その石像は配置から考えると、廊下から部屋を心配そうに覗いている形になっている。かなり精巧な石像で、やはり生きていた人がそのまま石像になったのではないかと思えるほど。だが、まだ確定させるには情報が足りない。
ヒヅキは石像の視線を追って、部屋の中に目を向ける。石像の視線の先には、廊下側に背を向ける別の石像が在った。
ヒヅキ達は警戒しながら部屋の中に入る。その部屋は今までの部屋とは違い、暗い雰囲気を醸し出していた。
(壁に床に天井までが薄汚れた石材になっているせいだとは思うが……この感じはどことなくあの部屋に似ているな)
部屋を見渡してヒヅキが思い出したのは、何やら文字のようなモノがびっしりと書かれていた部屋。それと血濡れの拷問部屋だろうか。どちらも模倣された部屋だというのに、どちらの部屋からも狂気のようなものが感じられたほどに気味が悪かった。
現在ヒヅキが居る部屋は、その部屋のように狂気のようなものを感じるという訳ではないが、それでもかなり気味の悪い感覚に苛まれるように思えた。
(いや、ここもまた実際には狂気に満ちていたのだろう。ただ、血や文字のように分かりやすい何かが存在しないだけで……)
そこまで再現しているというのも脅威的だが、もしも本当にヒヅキが感じた通りだとしたら、それはどれだけ陰湿で残忍で執拗的なものだったというのか。
ヒヅキはさっさと部屋を出たくなったが、まだ何も調べていないのでそういう訳にもいかないだろう。
(しかしまぁ、ここは牢屋だったのかな?)
部屋なので周囲は壁だが、何処か1ヵ所でも鉄格子にすれば立派な牢屋の完成だろう。そう思えるぐらいに陰気な場所であった。
ヒヅキ達は部屋に立っている石像の前に到着する。罠が無いのは確認済みだが、それでも慎重に調べていく。
部屋の中の石像は、廊下側の石像と同じで種族は人間だろうか。服装も似ているが、高さは190センチメートルほどと高く、こちらは男性だろう。
顔は口が裂けたような狂ったような笑みを浮かべていて、実に狂気を感じさせる。両手を広げて高く掲げているので、何かの最終段階にでも入って昂っているという風に見えた。
その石像の正面には壁があるだけ。だが、そこだけ何故か壁や床にひびが入っていた。という事は、そこに何かが在ったもしくは居たという事かもしれない。
(では、それは何処に?)
ヒヅキは周囲に目を向けるが、部屋の中に流れる気味の悪い雰囲気まで再現しているというのに、男性の石像の前に在ったと思われる何かまでは再現されていないようだった。
それからしばらくヒヅキとフォルトゥナは部屋中を調べてみたが、残念ながら、他に何か目を引くモノは発見出来なかった。




