仕事9
ヒヅキを挟んでのにらみ合いが続くなか、ヒヅキはどうしたものかと思案する。
このままでは動きづらいうえに警戒がしづらく、何かあった時に対処が遅れるおそれがあった。
言葉で伝えても聞いてもらえず、かといって強引な手段をとりたくはなかった。
「…………うーん」
ヒヅキは考える。そもそも、シラユリもサファイアも張り合ってるだけで、自分は出しに使われているだけ。ならば、別のモノを与えればいいのではないかと。
そう思い至り、何かないかと周囲を見回したヒヅキだったが、残念ながら代わりになりそうなモノは何も見当たらなかった。
身代わり作戦を諦めたヒヅキは、もう一度二人に声をかける。
「あの、動きづらいので腕を離してもらえませんか?」
申し訳なさそうにそう告げたヒヅキの言葉にやっと反応した二人だったが、ヒヅキの顔を見た後に、また顔を見合わせる。
「ほら、おっぱいが邪魔だからさっさと離せー」
「あら? ぶら下がってる重りが邪魔なのではなくて?」
「まとわりつく脂肪には負けるさー」
「固いだけの壁よりは心地好いはずですわよ」
相変わらず続くにらみ合いにヒヅキがほとほと嫌気がさしてきた頃に、天の助けとばかりに人足頭が全員に告げる。
「昼休憩!! 全員足を止めて休憩! 当番の者は食事の用意!」
雲が多くなってきて日射しが遮られているからか、露営は築かず、近くに集まっただけで各々休憩に入る。
これで休める。そうヒヅキも考えたものの、それはまだ甘い認識のようで、二人は離れようとしない。もはやただの意地比べの様相を呈してきていた。
ヒヅキはそのまま近くの木陰に移動すると、二人に一声掛けて腰を下ろす。
昼飯の用意が終わるまでの間の空白の時間に、ヒヅキは思わずため息を吐いた。
(昼飯を取りに行けばこれも終わるだろう)
食事をするには両手を使う必要があるし、そもそも運ぶ段階で両腕に引っ付かれていては邪魔なのだから、必然的にそうなるだろうとヒヅキはしばらく我慢することに決める。
そして、念願の昼食が用意され、ヒヅキはそれを取りに行く。
昼食を受け取る段階になって、やっと二人はヒヅキから離れてくれた。
空きが出来ていた水筒に水を補充してもらい、パンを幾つかとスープの入った器を受け取り、ヒヅキたち三人は木陰に戻って昼食を摂った。
それを食べ終わると二人は再度ヒヅキの腕を掴もうとするが、素早く立ち上がってそれを躱したヒヅキは、使った食器を返却しに移動する。
その後もシラユリとサファイアに捕まらないようにしながら休憩を終えたヒヅキは、ケスエン砦へと移動中、シラユリとサファイアに謝罪されたのだが。
「お、怒ってるのかー? ヒヅッキー?」
謝った後、謝罪を受け入れたはずのヒヅキの変わらない態度に、シラユリが恐る恐る問い掛ける。
サファイアも、そんなヒヅキを不安げに見詰めていた。
「え? いえ、別に気にしてませんよ」
それにヒヅキは不思議そうな顔で首を横に振る。
実際、まとわりつかれた時は邪魔ではあったが、それだけだった。ヒヅキ的には、もうまとわりつかないのであれば、謝罪も必要なかったほどだ。
しかし、二人は余程不安だったのか、ヒヅキの返答に目に見えてホッとしてみせる。
「まぁ、引っ付きさえしなければ気にしませんよ」
ヒヅキは、念のためにそう釘をさす。
「うっ、それは反省してますわ」
それにサファイアはしゅんとする。
それから三人で会話を続けたものの、シラユリとサファイアの言葉の応酬も、大分控えめなものとなっていた。
それでも収まらないのは、前に共同で取り組んだという依頼で余程の事があったのか、それとも一種のお約束のような儀式で、二人は本当は仲良しなのかは、ヒヅキには最後まで分からなかった。