仕事8
比較的安全圏での護衛任務というものは、結構暇なものである。
だからといって緩みすぎてはいけないのだが、常に気を張っていても疲れるだけなのだ。そんな状態では、いざというときに満足に動けない。
適度に緊張の糸を張っているのが肝要で、慣れてくると意識せずともそれを維持できるようになる。
今回護衛として参加した四人はそれが出来ているようで、常に周囲に気を配りながらも、お喋りに花を咲かせるだけの余裕を持ち合わせている。
しかし、本日は快晴なれど、地上には局所的に暗雲が立ち込めていた。
「むぅ。何でその女がここに居るんだー」
シラユリがヒヅキ越しに指差した先で、サファイアが勝者が浮かべるような、余裕の笑みを浮かべる。
「何でって、私とヒヅキさんがお喋りを楽しんでいるからに決まってるじゃない」
「むむむ。昨日までろくに言葉も交わしてなかったくせにー」
シラユリは不満を前面に出した表情で鼻から息を出す。
「一晩もあれば、男女は仲良くなれるものよ? ね? ヒヅキさん」
サファイアはヒヅキに流し目を送りながら、どこか甘えるような声を出す。
「え? いやまぁ確かに一晩ではありましたが、その言い方だと――」
昨夜の会話で距離が縮まったのは間違いないのだろう。だが、明らかにわざと煽るようなサファイアの言い回しを訂正しようとしたヒヅキだったが。
「ヒヅッキー! まさかこんなのと楽しんだのかー!」
シラユリはとても衝撃を受けた表情をヒヅキに向けると、愕然とサファイアを指差した。
「こんなのって、シラユリちゃんは相変わらず失礼ね」
サファイアは呆れたような苦笑を浮かべつつも、品を作るように片手でもう片方の腕を掴むと、見せつけるように胸を寄せた。
「いえ。少し話をしただけですよ?」
そんな中、ヒヅキはいたって平常通りに言葉を返す。
「へ? そうなのかー? なんだー、驚かせやがってー」
あまりにいつも通りのヒヅキに、シラユリは安堵の息を吐いた。
「じゃあ、もういいだろう。十分話したんだから、おっぱいはどっか行けー」
シラユリは、並んで立っていたヒヅキとサファイアの間に割って入ると、片手でヒヅキの腕を抱え、空いた手でサファイアに向けてシッシッと、飛び回る虫でも払うかのような仕草をみせる。
「あら? 私は今日1日ヒヅキさんと語らう予定でしてよ? シラユリちゃんこそどこかへ行けばよいのではなくて? まぁそこに居たいなら居ててもいいですけれど」
サファイアはやれやれと首を振ると、シラユリとは反対側へと移動した。
「むむむ」
ヒヅキの腕をかき抱きながら、シラユリは反対側のサファイアを睨め付ける。
サファイアはそれを受け流す笑みを浮かべると、そっとヒヅキの腕を絡め取り、それを自慢の胸の間に収めた。
タイプの違う二人の美女に左右の腕を抱かれるという、男なら歓喜しそうな状況にあって、ヒヅキは疲れたような息を小さく吐いた。
「あの、動きづらいんですが……」
ついでに本来の目的である周辺警戒もしづらいのですが、と内心で付け加えながら二人の顔を見やるが、どうやら二人の耳には届かなかったようで、ヒヅキを挟んでのにらみ合いは続いていた。