仕事6
昼休憩を終えて野営を引き払った一行は、ケスエン砦へ向けた移動を再開する。
平原の中は舗装された道が続いているために、人足たちの足も早い。
おかげで予定より少し早い歩みで進み、夜になる前に夜営を構築した。
周囲に町や村などの人の営みがある場所が無いために、その日も静かな夜であった。
離れた場所から時折聞こえてくる談笑の明るい声を耳にしながら、ヒヅキは夜営近くの木に寄りかかって夜空を眺めていた。そこに。
「こんばんは♪」
色気のある声が掛けられる。
「こんばんは、サファイアさん。どうかされましたか?」
ヒヅキが顔を向けた先には、身体の線を見せつけるような衣装に身を包んだ、サファイアが立っていた。
腰には鞘に納められた細剣を下げているも、美しい細工を施された白銀の柄や鍔は、剣というよりもまるでアクセサリーの類いのようで、サファイアの雰囲気に自然と溶け込んでいた。
「いえ。特に用はないのだけれども、貴方とお話がしてみたくて」
一応、ヒヅキとサファイアは出発して直ぐに自己紹介程度の挨拶は交わしているのだが、それ以降の会話は全くなかった。
「話、ですか。私はあまりサファイアさんの気を引けるような話題を持ち合わせていませんが」
木に寄りかかるのを止めて、サファイアに顔だけではなく身体も向くように立ち直すと、ヒヅキは申し訳なさそうに肩を竦めてみせる。
「そんなこと一向に構いませんわ。突然押し掛けたのは私ですもの、話題は私が提供させていただきますわ」
サファイアはヒヅキの目の前まで近寄ると、艶やかな笑みを浮かべる。
会話が苦手なヒヅキは、それに困ったような息をそっと吐いた。
「ふふ。ヒヅキさんは、南方のご出身でしたわよね?」
「ええ、そうです」
ヒヅキは、自己紹介した時に、名前と一緒に出身地も伝えた事を思い出す。
「サファイアさんは東の方だとか」
「そうですわ。ここからそう遠くはないのだけれども、残念ながら今回は通りませんから、今度一度いらしてくださいな。とても美しい街でしてよ」
サファイアはそっとヒヅキの肩に触れると、少女のような無垢さが垣間見える微笑みを浮かべる。
「機会があれば」
それにヒヅキは、微笑みながら一言そう返す。
「そういえば、ヒヅキさんは冒険者ではないのですわよね? 何故この依頼を? スキア相手では危険ではなくて?」
「はい。私は冒険者ではないですね。正直成り行きのようなものですが、幾度かスキアとも戦った経験がありますので、その辺りはご心配無用です」
ヒヅキの返答に、サファイアは僅かに驚きの表情を見せた。
「そうなんですか。それは安心致しましたわ。ところで、シラユリさんとは親しいようですが、お知り合いだったんですの? 冒険者ではないなら、同じギルドに所属していた、ということはないでしょうし」
「前にお仕事が一緒だったことがあったもので。そういえば、サファイアさんもシラユリさんと同じお仕事をされたことがあったとか?」
「え、ええ。昔に一度だけですが」
サファイアは僅かに言い淀む。
「どんなお仕事だったのですか? 差し支えなけばお教え願えませんか?」
「ギルドの決まりで依頼内容について詳しくは話せませんが、ちょっとした討伐依頼ですわ」
「そうだったんですか」
「ええ。その時からまぁ、あんな感じの態度なんですけれども」
サファイアは肩を竦めると、自嘲めいた笑みを一瞬浮かべた。
「それにしましても、ヒヅキさんは他の殿方とは違いますのね」
突然のサファイアの言葉に、意味が分からずヒヅキは眉根を寄せて首を少し傾ける。
「殿方に限った話ではありませんが、皆私の身体に釘付けになったり、嫉妬の目を向けたりしますの。まぁ、私もそれを利用しているので、文句は無いのですが。ヒヅキさんはそういう下心や裏が感じられず、先程からしっかりと私を見ていてくださっていますわね。それが少々珍しい方だと思いまして」
そう言うと、サファイアは意味ありげな笑みをみせると、頬に片手を当てる。
「私、思わず惚れてしまいそうですわ」
「それは光栄なことですね」
サファイアのその言葉に、ヒヅキは笑ってそう返した。
それで満足したのか、サファイアは機嫌よく小さく笑う。
「お話の相手をしてくださり、感謝致しますわ。そろそろ私は陣営に戻りますわね」
サファイアは軽く頭を下げた後にヒヅキに背を向けると、去り際に顔だけ振り返り、「じゃあね」 という言葉と共に片目をつむった。
それを受けたヒヅキは、「おやすみなさい」 とサファイアの背中に告げて頭を下げたが、それ以外には特に何も反応を示さなかったのだった。




