旅路143
机に近づいたヒヅキは、机の上に置きっぱなしの本に目を向ける。
その本はよく見ると、本というよりも紙の束を紐で纏めただけのようで、奇麗に揃えて纏めてあるとはいえ、それらしい表紙などは無かった。
むき出しの1枚目を見てみると、上の方に記録とだけ書かれていた。他には何も書いておらず、それだけでは何の記録かは分からない。
中身を読めばわかるかと思ったヒヅキはその紙束を手に取ると、早速読み始める。
それは記録というよりも日記といった方が正しいようなモノであった。しかし、中には何かを作った際の過程や結果の記録もあるので、やはり記録なのかもしれない。
そんな事を思いながら、ヒヅキは日記のような記録を読み進める。紙束はそれ程厚みがないので、直ぐに読み終えたが。
「………………」
中身はやはり日記に近い記録であった。この場所での生活をごく簡単に纏めながら、その合間に行った研究について触れている感じの。
「………………?」
しかし、それを読み終わったヒヅキは、妙な顔をしながら読み終わった紙束に視線を向ける。僅かに首を傾げると、もう1度それを最初から読み始めた。
そうしてもう1度読み終わるも、やはりヒヅキは納得いかないような妙な顔をして首を捻った。
『如何されましたか?』
ヒヅキのその様子に、フォルトゥナが心配げに声を掛ける。その呼びかけに反応したヒヅキは、手に持っている紙束をフォルトゥナの方に差し出した。
『読んでごらん』
ヒヅキにそう言われたフォルトゥナは、受け取った紙束に目を通していく。
程なくして読み終えたフォルトゥナに、ヒヅキはどうだったかと感想を尋ねた。その問いにフォルトゥナは、自分の考えを纏めるように沈黙すると、少しして返答する。
『少し妙な感じでした』
『だよね。それは一見普通に書かれているんだけど、言い回しが妙なところがあったり、書き方を少し変えているのだろう部分があったりして、妙に引っ掛かるんだよね。何かの暗号かとも思ったのだけれども分からなくて』
ヒヅキのその指摘に、フォルトゥナは頷く。その違和感は僅かなもので、明らかにおかしいというほど言葉を崩している訳ではなく、かといって、読んでいると何処となくモヤっとするような書かれ方をしているのだ。それは、あからさまにこの記録には何か秘密が在りますよと誘導されているような気がして、何が正解なのか迷ってしまう。
もしかしたら本当にその記録には何か秘密が書かれているのかもしれないし、実は単なる戯れで何も書かれていないのかもしれない。もしくは、別の何かから意識を逸らすのが目的というのも考えられる。
ヒヅキ達は二人して首を捻った後、フォルトゥナももう1度その記録を読む。
フォルトゥナがもう1度記録を読み終わったところで、女性も本棚を漁り終えたのかヒヅキ達のところに近づいてきた。
「それを読ませていただいても?」
二人から数歩離れたところで立ち止まった女性は、フォルトゥナが手に持つ記録を指差して問い掛ける。その言葉も表情もいつも通りのように見えたのだが、何処となく威圧されているような気になってくる。
しかしそう感じたのはヒヅキだけなのか、フォルトゥナは考えるように手元の記録と女性を何度か視線で往復すると、少し間を置いてそれを女性に渡した。
「ありがとうございます」
礼を言って受け取った女性を、フォルトゥナは冷ややかな視線で見詰める。もっとも、それで動じる女性でもないので、漂う空気はともかく、記録の受け渡しは無事に終わった。
記録を受け取った女性は、またパラパラと捲って読むと、一瞬他の本同様に空間収納に仕舞おうとして、手を止めてフォルトゥナとヒヅキに視線を向ける。
「これは貰っても?」
『どうされますか?』
『フォルトゥナが決めていいよ。私はもう読んだから』
『畏まりました』
「……好きにするといい」
「ありがとうございます」
ヒヅキと話した時とは違って無感情な声音でフォルトゥナが答えると、女性は笑みを浮かべて礼の言葉を返す。
そうしてフォルトゥナから許可を貰ったところで、女性は本を空間収納に仕舞うと別の場所に歩いていった。




