旅路140
立ち上がったヒヅキは、まずは身体の調子を確かめる。地面の上で寝ていたが痛みは感じない。疲れも特に残ってなさそうであった。
周囲を確認すると、英雄達は変わらずあまり動くことなく休憩している。ジッとしているのが好きなのか、それとも今の世界に興味がないのか。
女性は少し離れたところで何か作業をしているようだったが、気にするだけ無駄だろうと意識を切り替える。
ヒヅキはまずは片付けを行うと、フォルトゥナと共に軽く体を動かしてみる。少し走ってみるだけだが。
全力とは程遠い走りでも、また格段に身体能力が向上したのが分かった。しかし、ヒヅキに喜びは無い。強くなったのはいいのだが、それはどう考えても借り物の力であるし、それにまるで肉体まで乗っ取られているような気分になる。
「………………」
そんな想いを抱いていたからだろう。ヒヅキは自身の手のひらに視線を落とし、ふと思う。
(これは本当に俺の手なのだろうか?)
もしかしたら知らぬ間に肉体が改造されたから身体能力が向上したのではないか。1度そんな考えが浮かぶと、だからこそ、意識が無く動けない就寝中に変化が起きたのではなかろうか。などという妙な考えが次から次へと浮かんでは消えていく。
(これはダメだな……)
そんな思考の波に飲まれそうになり、ヒヅキは小さく頭を振ってその考えを追い出すと、深呼吸をして心を落ち着けた。
(この思考もまた、英雄達の魂を取り出した弊害か……いや、もしかしたらこれが正常なのかもしれない)
得体の知れない何かに侵食されていく事に恐怖する。確かにそれが普通なのだろう。そう考え、ヒヅキは頭ではそれが理解出来た。しかし、結局その思考に陥っても、ヒヅキは直ぐに元に戻ってしまった。
(悪い事ではないのだが……しかし、何と言うかな)
妙な思考に囚われるぐらいなら、直ぐにそこから脱出できる方が遥かにいいだろう。だが、こうして改めて振り返ってみると、そんな状況になると何処かで突然思考が切り替わったかのような、思考に冷水でも浴びせかけられたような、そんな瞬間があったような気がした。
それはあまりにも一瞬過ぎて今まで気づかなかったが、こうして思い出してみると、刹那の間だけ意識が途絶えたような感覚さえ思い出せるような気がしてくる。そのせいで背筋が冷たくなり、足下から得体の知れない何かが這いあがってくるような気分になってしまう。
「………………」
思わず足下に視線を向けたヒヅキは、そこに何もいない事に安堵する。それは当たり前なのだが、その当たり前が崩れそうな感覚を抱いたのだった。
もう1度頭を振ってその恐怖を追い出すと、ヒヅキは休憩場所に戻る。程なくして、女性は全員を集めて移動を開始した。
砂漠の後は平地が少し続き、その後に疎林が増えていく。奥の方には森が見えているが、その少し手前には村が見える。先程の集落のように人が居るかどうかは分からないが、少なくとも見える範囲の建物は壊されていないようだ。
その村に到着すると、そこは普通に人の営みがあった。住民の見た目は先程の集落と大差ないが、おかしな事ではないのに、普通に誰かが居るというのが何だか新鮮に思えてくる。
女性はまずは村長に挨拶に行くようだ。こういった小さな集団では、長に挨拶するのは結構大事なことが多い。特にヒヅキ達は団体なので、村やその周辺に用事が在るのならば長への挨拶は必須だろう。
そういう訳で、途中で村人に村長の場所を聞いた後に最も大きな建物を訪ねる。長が住む場所は大抵そんなモノだ。こういう場合は、村の会議場所や避難場所も兼ねている場合もあるのでしょうがないのだが。
それから村長の家を訪ね、女性が村長と話をする。どうやら女性は何処かしらの場所を尋ねているようだ。その話し合いは直ぐに終わり、女性は村長から何かを受け取った後、ヒヅキ達は何をする事もなく村を出たのだった。




