仕事4
「シラユリさん!」
ヒヅキの呼び止める声に、シラユリは勢いよく振り返る。
「どったの? ヒヅッキー?」
シラユリはヒヅキの顔を覗き見ながら、不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ああいえ、この前のお礼を改めてお伝えしたいと思いまして」
「この前の?」
ヒヅキの返答に、シラユリは僅かに首を傾け、何の事かと記憶を探る仕草を見せる。
しかしいくら考えても答えは出なかったようで、シラユリはヒヅキに目線で答えを求める。
「最初の依頼で一緒に護衛任務に就いた時に、肩の力を抜くようにご助言いただいたことです」
「ああー……」
それで思い出したシラユリは短くそう零すも、目線を逸らして恥ずかしそうに頭をかきながら口を開く。
「さて、何のことやら分からんねー」
ヒヅキはそんなシラユリの姿に小さく笑みを漏らす。
「ん? ヒヅッキー、今笑ったなー!」
シラユリは照れ隠しのためか、両手を上げるとわざとらしく怒ったような表情を見せる。
「すいません」
それにヒヅキが半笑いのような声ながらも、頭を下げて謝罪する。そこでシラユリは何かを思い出したらしく、「ああ」 と小さく漏らした。
「もしかして、ヒヅッキーがウチのギルドハウスを訪ねたのってそれが理由ー?」
「あ、はい。そうです」
ちゃんとシラユリに自分の来訪が告げられていたことに、ヒヅキは内心で僅かにホッとする。別に受付に居た女性を疑うつもりはなかったが、初めて訪れた場所で初めて出会った相手に言伝てを託したのだから、ちゃんと届くかどうか不安にもなるというものだろう。
「お土産美味かったぜー! それにしても、よく私の好きな菓子が分かったなー!?」
「人気そうな菓子を適当に見繕って買っただけですよ」
どうやらシラユリの好物だったらしい事に安堵しつつ、ヒヅキはにこやかに答える。
そのままヒヅキがシラユリと少し言葉を交わしていると、荷物の確認や人足たちの準備が整ったらしく、一行はガーデンを進発した。
◆
透き通った青空を心地よい風に乗って流れる雲量は多くもなく少なくもない。
肌に触れる外気は少しひんやりとしているものの、身体を動かすには丁度良い。
鼻に届くのは、どことなくかび臭い土のにおいと、どこに咲いているのか微かな花のいい匂い。
空気は少々乾燥し過ぎてはいるものの、旅をするには中々にいい日和だった。
ガラガラと鳴り響く車輪の音は既にヒヅキの耳に馴染んだものではあるが、ガーデンの外の空気が以前と変わっていることに警戒を強めながら進んでいく。
ヒヅキが顔を動かし見渡した世界は何も変わらず雄大で美しいのだが、そこに漂う空気だけが張りつめているというか、ざわついているというか、血生臭さが鼻に衝くような、そんな前線を思わせるような緊張と不快感を覚えるような空気に変化していた。
同じものをみんなも感じているのだろう、ヒヅキの目に映る誰も彼もが表情を引き締めている。
(さて、この荷物の届け先は今も健在なのか)
スキアの攻撃が活発になっているという話だったが、それはこの空気で理解出来た。
だからこそ、現在の前線がどれだけ変わっているだろうかと、ヒヅキは内心で心配する。
武器を運んだところで落とされていては意味がないのだ。
ヒヅキがそんな心配を抱きながら周囲を警戒していると、気づけば昼を過ぎていたらしく、一行は休憩のために野営を築くべく歩みを止めた。