仕事
図書館での異種族の資料に一通り目を通したヒヅキは、その後も図書館に通い続け、次は人族のお伽噺や伝承を調べていた。その頃にはすっかり受付の女性達とも顔見知りとなり、短いながらも気安く言葉を交わすようになっていた。
そんなある日。
ヒヅキはシロッカスに呼ばれると、シンビに先導されてシロッカスの書斎へと通されていた。
「いきなり呼び出してしまってすまないね」
そう言って、シロッカスはヒヅキに手振りでソファーを勧めると、自分も向かいに腰掛ける。
それに従いヒヅキがソファーに腰を下ろすと、二人の目の前に液体の入ったカップが置かれる。それは無駄な装飾や細工の施されていない美しい白磁のカップで、中に注がれているのは琥珀色した飲み物であった。
シンビに一言礼を言うと、ヒヅキは優雅な香りを広げるその琥珀色の飲み物が淹れられたカップを手にして、喉を潤わす程度に一口飲む。
舌の奥に響くような苦味と口腔内に広がる華やかな香りは、ヒヅキには裕福な味のように思えた。
「さて、早速だが本題に入ろうか」
ヒヅキがカップを受け皿に戻すのとほぼ同時に、シロッカスが話を始める。
「武器輸送が粗方済んでやっと必要数の人足が確保出来たので、突然ですまないが、明後日の朝にでも今回分の最後の武器輸送をするためにガーデンを発ちたいと思う……のだが、大丈夫だろうか?」
急な要請になってしまった事を申し訳なさそうにするシロッカスに、ヒヅキは「分かりました」 と一言告げる。この程度の話では、もう全く唐突とは感じられないぐらいにヒヅキは慣れてしまっていた。
「それはよかった。今回の武器輸送先は、ガーデンより東北に位置するケスエン砦で、そこを守護するのはカーディニア王国第3位継承者のエイン姫殿下だ。注意事項は今までと変わらず、無闇に喧嘩などして和を乱さないこと。王族に無礼を働かないことを念頭に入れておいてくれればいい。まぁヒヅキ君もある程度は慣れたと思うから心配はしてないがね。それに、今回の武器輸送先のエイン姫殿下は聡明なお方だ、大人しくしていれば悪いようにはなさらないさ。まぁ毎度のことながら、直接言葉を交わすのは私の役目だから心配要らないがね」
そう説明を終えると、シロッカスは小さく笑う。
その今までとは違うシロッカスのリラックスしているような雰囲気と、国王に対するよりも敬意の籠った口調で、ヒヅキはそのエイン姫殿下はしっかりと話が出来る相手なのだなと解する。
「分かりました」
ヒヅキは一度頷くと、自分以外の護衛について確認する。
「武器輸送の際の護衛は、私以外にはどなたがされるので?」
他の護衛はおそらく冒険者なのでどこかのギルド関係者なのだろうが、前回身内以外はお断りと言われて弾かれたヒヅキにとっては、一応護衛仲間の確認はしておきたい要項であった。
「今回は少し異例でな、3つのギルドから人が派遣される事になった。一人は前に一緒に護衛任務に就いてもらったシラユリ君。後は別々のギルドから一名ずつの計三名だが、シラユリ君以外の二名は明日に報せが来る手筈になっている」
シロッカスの説明を受けて、ヒヅキは「分かりました」 と頭を下げる。
3ギルドの合同が意味するのが単なる人手不足か、それともそれだけ色々と重要な輸送なのか、もしくはそれだけ微妙な事態になっているのかは今のヒヅキには判断しかねるものの、ヒヅキ自身がやるべき事は変わらないということで、あまり深刻に考え過ぎないようにするのだった。




