旅路107
そこまで考えたところで、ヒヅキは自身がどこまで侵食されていたのだろうかと考える。
英雄達の魂を取り出す前、ヒヅキは記憶と心を喰われていくような、そんな感覚の中に居た。いや実際、喰われていたもしくは侵食されていたのだろう。その後遺症とでも言えばいいのか、失った記憶は戻ってこないし、壊れ始めた記憶は速度こそ緩やかなものになってはいるが止まる事はない。
感情に関しては僅かにだが回復の兆しがあるものの、こちらに関しては侵食が止まったという方が大きいだろう。
だが結局、壊れかけた器を修復出来ていない以上、何も変わらないのかもしれない。ヒヅキとて、自身の身体の細かな部分までは解っていないが、それでも自身が手遅れな状態なのだという事ぐらいは理解していた。
ならばやはり、慣れたというよりも死など今更という方が正しいのかもしれない。
ヒヅキが考えている間に吸収は終わったようで、石の中の気配はもう無くなっていた。自身の内側へと意識を向けてみるも、知らなければ何かを吸収していたなど気づかなかっただろう。
(もしかして、今までもこんなことがあったのだろうか?)
そう考えた時にそんな考えが浮かぶ。今回気づいたのは、前回フォルトゥナが指摘したから知っていたに過ぎない。あれがなければ、今回の吸収も気がつかなかった事だろう。
(いやしかし、最初は熱を持っていたか)
自身の考えを否定するようにそんな事を思い出すも、しかしそれも前回だけに過ぎない。今回はほんのり温かかっただけで、そういうものだと思えばそれまでだ。
つまり、その程度では否定できる材料にはなり得ない。実際のところがどうなのかは声の主に訊くしか方法は無いが、それも吸収しているのが声の主だという仮定の話でしかない。
そこまで考えてみたものの、直ぐにヒヅキは興味を無くす。吸収した先に何が起ころうとも、何も出来ない以上既に大して興味が湧かなかった。
(この石はどうすれば……)
今はそれよりも、手元の石の方が問題だった。前回の石を置いてきたので今更ではあるが、これが女性の心臓のような存在だとしたら、これも集めておいた方がいいのではないか。そんな考えが浮かんだのだ。ただ、そう考えはしたものの、多分必要のないモノなのだろうなと思ってはいる。
(大事なのは中の何かだろうし)
光に照らして石を見てみた後、宝石……かどうかはさておき、もうこの石にはそういった物としての価値ぐらいしか残っていないのだろう。中の気配が完全に消えている石を眺めながら、ヒヅキはそう思った。
では、そんな石が必要かと考えれば、不要だろう。しかし、小さな石だし見た目は奇麗ではあるので、ヒヅキは空きがある内は持っておくかと背嚢の中に入れた。
それから少し周囲を歩き回った後、ヒヅキはフォルトゥナの許に戻る。
『何か分かった?』
隠し通路から外に出ていたフォルトゥナに声を掛けると、フォルトゥナは隠し通路を指で示しながら頷いて、分かった事を口にする。
『おそらくですが、これは本来土の中に埋まっていたのではないかと』
『土の中?』
『はい。この入り口は元々土中に在って、掘らなければ分からないようになっていたのではないかと』
『それはまた凄いな』
『はい。もう反応が無い事と現在は外に出たままでいる状況から考えまして、魔法道具は1度きりしか使えないようですが。出口から少し戻ったところに魔法道具の起動装置が隠されていました』
そういってフォルトゥナが隠し通路内を指差すと、その先の壁の一部に真新しい大きな傷があった。
視力を強化して見てみると、壁を剥いだかのような奇麗な傷の下端の方に、暗い緑色で変わった形が小さく描かれている。おそらく、それがフォルトゥナの言う起動装置なのだろう。




