旅路89
ヒヅキ達が宿屋を出た時には、空に僅かに朝が見え始めていた。
思った以上にのんびりし過ぎたなと思ったヒヅキだが、別段それで問題もないので、直ぐにその考えを追い出す。
『とりあえず最初の休憩場所に行ってみるか』
今でもヒヅキとフォルトゥナの二人きりではあるが、誰が聞いているともしれないので、ヒヅキは念の為に遠話に切り替える。女性のみならず、英雄達の動向すら上手く掴めないので、警戒はしておいた方がいいだろう。
もっとも、普通に話しているのを聞かれるのが何か不味いのかと問われれば、そんな事は全くないのだが。ただフォルトゥナがヒヅキ以外とはほとんど会話をしないというだけで。
(傍から見ればただの独り言だからな)
女性も英雄達も全く気にしないだろうし、遠話かそれに類する何らかの方法で会話しているのは既に気づいているのだろうが、それでも遠話を続けているのは、何となくであった。強いて言うのであれば、慣れもしくは習慣である。一応練習という意味合いもあるにはあるが。
女性が休憩を告げた広場に戻ってくるも、そこには誰も居ない。周囲を見回してみてもそれは変わらない。
それならば首都らしいこの場所を探索してみるかと思ったヒヅキは、まずは遠目ながらに目立っている城を目指す事にした。
広場から続く通りを歩き、途中で道が曲がって迂回する順路を形成していたので、一応防壁の内部で戦う事も想定していたのかもしれない。
城に到着した頃には、周囲はそこそこ明るくなっていた。それでもまだ薄暗いので、払暁といったところか。
石材の色そのままの城だが、近くで見ると威圧されているような気分がしてくる。
白の周りには大きな堀が在り、地下にでも水路を通しているのか、周囲に水路は確認出来ないというのに、掘りはたっぷりと水を湛えていた。さながら水上の城といった感じの偉容は、何処となく観ている側を神秘的な気分にさせてくれる。
その水上に掛かる橋は城側に在ったが、避難する際に使用してそのままなのか、橋は既に架かっていた。
橋を通り、城を囲んでいる城壁の前に到着する。門は当然というか閉まっていたが、もしかしてと思い、脇に在るしっかりと閉まった通用口に触れてみると、何の抵抗もなく向こう側へとすり抜けた。
(用意周到な事で)
ヒヅキの行動を予測してなのかどうかはともかく、女性は門をそのままにしておいたらしい。おかげでヒヅキも問題なく城壁を通る事が出来たので文句は無い。
そのまま城庭を通り、城門前に辿り着く。こちらも立派な門ではあるが、見たところ通用口のようなものは無い。
普段からこの大きな門を通っているのだろうかとヒヅキが疑問に思ったところで。
『ヒヅキ様。こちらから城内に入れるようです』
フォルトゥナから遠話が入り、ヒヅキは周囲を見回してフォルトゥナが離れた場所に居る事に気づく。
ヒヅキの視線が向いたのを確認したフォルトゥナは、腕を上げて城の方を指で示す。
そちらに近づいてヒヅキはフォルトゥナが示す指の先を確認すると、そこには通用口らしき扉が在った。
正面の門からは死角になるような城の出っ張りの影に在ったそれに触れると、城壁の時同様にするりと城内に入れる。
城内に入ったヒヅキは、そこが大きな部屋の一角だと知る。おそらく使用人が通るのに使用していた扉なのだろう。大きな長机と大量の椅子が並ぶその場所は、使用人向けの食堂といた感じ。
軽く調べてみたが、厨房が近くに在ったので間違いないだろう。王族が使用するにはあまりに質素で場所がおかしいので、やはり使用人が食事を摂る場所という事か。
ついでに厨房を漁ってみると、流石王城というべきか、保存食がまだ残っていた。その中から食べられそうな物を選別して背嚢に仕舞うと、一気に食料の補充が済む。ついでに手持ちの食料とも比べて、条件がよさそうな物の交換もちゃっかり済ませておいた。




