旅路82
女性の呟きは小さなものだったので、おそらく誰かに聞かせるつもりはなかったのだろう。それでも聞こえてしまったものはしょうがない。とはいえ、尋ねていいものかとヒヅキは少し悩む。
だが、ヒヅキはこれからもしばらくは女性と行動を共にする予定なので、厄介ごとであれば知っておいた方がいいだろう。もしもそれが起きた時には巻き込まれるのだろうから。
そう考え、ヒヅキは前を歩く女性に声を掛ける。
「門が壊された事を何かご存知なのですか?」
「?」
「先程門前で立ち止まった際に何か呟いていたようなので」
「……ああ」
ヒヅキの言葉に女性は思い出したようで、小さくそう漏らす。
「いえ、門の破壊に関しては推測ぐらいしか出来ませんが、中に誰も居ない理由については思い当たることがあったので、つい」
「町中にですか? 避難したのではなく?」
「住民に関してはその可能性がありますが、その後の侵入者に関してはおそらく別でしょう」
「どういう事ですか?」
「つまり、侵入者は逃げたのではなく、ここで全滅したのでしょうという事です」
「全滅……討伐隊でも来たのでしょうか?」
通用口より若干大きい程度の穴しか開いていなかったうえに、ヒヅキが見た限りは防壁も奇麗なものであった。賊の人数は不明ではあるが、それであれば少人数で賊を制圧したという事なのかもしれない。
そう考えたところで、ヒヅキは過去視の存在を思い出す。最近はほとんど使っていないので、たまに忘れている時があるほど。
女性との話を継続しながらも、ヒヅキは過去視を使用してみる。
「討伐隊ではありませんね。おそらく一人で全てを始末したのでしょうから」
ヒヅキの過去視には、薄っすらとだが影が映る。ヒヅキの過去視で視えるのがどれぐらい前までかは分からないが、それでも結構前の出来事のようで、ギリギリとまではいかないが、影が薄くて視認しにくい。
それと影の数が多く、重なりすぎて視ているだけで疲れてくる。視認出来る期間内であれば、その場を通れば何度でも影が残るので、人数の把握までは難しい。
「一人で?」
女性の言葉にヒヅキが首を捻ったところで、丁度その影をヒヅキは捉える。
(人を喰っている? というよりも、よくよく確認してみれば、人がそこかしこに倒れている?)
連なった影に紛れてしまい、足下に倒れているのだろう人の影は埋もれてしまっている。だが、それでも人が逆さまに持ち上げられている影は、他の影よりも高いのでよく視えた。
その影を注視してみると、あり得ないぐらいに大きく口を開き、人を呑み込んでいるところに視えた。
「ええ。あれもまぁ、スキアと言えるのですかね?」
困ったように首を傾げる女性だが、その答えを持たないヒヅキではなんとも答えようがない。もしもヒヅキが視ている影がそれならば、ヒヅキの知らないスキアとなる。
「しかし、外を出歩いているのは珍しいですね。今回神殿の方は人の集まりが悪いのでしょうか?」
「えっと……?」
独り言のように呟きはじめた女性に、ヒヅキはどうすればいいのかと考えてみる。しかし、放置というぐらいしか答えが出ない。漏れ聞こえてくる言葉は、ヒヅキの興味を惹くものが多かったから。
女性の独り言に耳を傾けつつも、意識は周囲に向ける。過去視は魔力消費が多い魔法なうえに今回は影が多いので、それに酔ったのかヒヅキは少し気分が悪くなってきた。
それでも耳は女性の話に、目は周囲の影の観察に向ける。
やはり動けなくなっているところを捕食されているようで、寝転がっている影を持ち上げているところの影が確認出来た。塗りつぶすかのように影が幾重にも重なっているので、それを見極めるのはかなり苦労したが。




