旅路63
「そうか。そろそろ海上の道候補を調べるのか」
確定した話ではないが、それでもおそらく間違ってはいないだろう。魔物相手でも停まらなかったのだ、他に海上で停まる理由もあるまい。
それでも一応説明する時に推測だとは付け加えていたが、ヒヅキもフォルトゥナと同様の意見のようだった。
「ん~」
グッと身体を伸ばしたヒヅキは、一息ついて寝台から降りる。
「とりあえず外に行ってみるか」
「はい」
軽く身体を解したヒヅキは、自室を出て甲板に向かう。甲板に出ると、ブオッと強い風が通り過ぎる。
甲板には女性が一人立っているだけで、周囲には誰の姿もないようだ。その女性も、進行方向を見詰めたまま固まったように動かない。
ヒヅキは女性の隣まで歩み寄ると、女性の横顔をチラと確認した後、視線の先に目を向ける。
当然だが、視線の先には海が広がっている。ヒヅキが寝る前とは異なり荒れた海だった。船の揺れも大きい。それでも立っていられないというほどではないので、まだマシな方なのだろう。
海面は白波で白く染まり、風の影響で凸凹している。小さく見える波がそこかしこで現れては消えていく。
もう少し視線を先へと向けてみると、小さな渦まで発生しているのが幾つか確認出来た。
それでも気にせず船はゆっくりとした速度で進んでいく。周囲の様子と比較して船の様子は穏やかなので、揺れを抑える何かが仕込まれているのだろう。そうだとすれば、波だろうが渦だろうが問題ないのかもしれない。
船速も操作して遅くしているように思えた。目的の場所が何処なのかは知らないが、速度の落ち具合からいって、このままだと小さな渦に囲まれた場所で停まりそうだ。
隣の女性は遠くに視線を向けたまま。何処となくボーっとしているような感じなので、もう調べ始めているのかもしれない。
程なくして、船が停止する。おおよそヒヅキの予想通りの場所で。
しかし、だというのに船の揺れは相変わらずそこまで大きくはない。その様子に、ヒヅキはもしかしたらこの船は海の上ではなく空中に浮いているのではないかと思うも、それは確認のしようがない。
船には大小合わせて無数の魔法道具が搭載されていて、常に幾つもの魔法道具が起動している。なので、ほとんど常時船全体を魔力が覆っている状態だ。そんな中から目的の機能だけ確認出来るほどヒヅキは魔力感知に長けてはいない。感知魔法も海上ではまだ不慣れで、まともに使用するにはどちらももう少し時間が必要だった。
それはそれとして、船が停まった後、少しして女性は手に淡い光を灯す。以前見たことのあるそれは、フォルトゥナ曰く、空間の僅かな隙間を調べているのではないかという事であった。
ヒヅキには何が何やら分からないので、大人しくその様子を見学する。
ついでに周囲も見回すも、そこには荒れた海しかなく、魔物は影も形もない。ヒヅキはまだ1度も海の魔物を見ていないかった。
上空に視線を転じてみると、空は分厚い雲に覆われていて、今にも嵐でも来そうな重たい雰囲気だった。ヒヅキとしては、気味の悪い気配にも慣れたとはいえ、太陽も月も隠してくれるのでそれは好きな天気ではあるが、場所や状況を考えれば歓迎していいものかと悩んでしまう。
ヒュロロロロと、まるで何かの鳴き声のような音を奏でながら風が頬を撫でていく。それは冷たい手に触られたような冷えた風で、周囲の温度が下がってきたのに気づく。
上空の分厚い雲はゴロゴロと鳴りだしたし、本当に嵐になりそうな様相を呈してくる。
船の方はクロスに任せればいいとして、女性の方はこのままでも大丈夫なのだろうか。必要ないだろうとは思うが、それでも海は初めてなので、ヒヅキは少し心配になってきた。
女性の方に視線を向けると、未だに手を淡く光らせて小さく動かしている。まだここに今代の神への道が在るかどうかは判断出来ないようだ。




