旅路60
意識を失ったウィンディーネだが、花はまだ咲かない。
「さて、これ相手にどこまで通じるのか」
段々と膨らむ速度が落ち着いてきた花を見ながら、フォルトゥナは次の準備に取り掛かる。
「このまま力を奪って普通に倒すだけでも時間は稼げますが、少し試してみるとしましょう」
ウィンディーネに語り掛けるような口調でそう口にしたフォルトゥナは、周囲に何重もの結界を張り巡らせていく。
「そもそも、何故ここで倒しても復活するのか。貴方達は理不尽な存在ですよね」
張り巡らせた結界の内側に、時間を掛けてじっくりと更に結界の枚数を増やしていく。
「この結界は貴方を逃がさない為の檻。もっとも、これは単なる実験ですが、上手くいけば滅せられるでしょう。失敗しても時間稼ぎにはなるでしょうし」
全ての準備を整えたところで、大輪の花が咲く。
青空を思わせる抜けるような青色の花弁に、甘ったるい匂い。8枚の大きな花弁が重なるように開いて奇麗な円を形作っている。
その見た目は実に美しい。大きさも直径3メートルを超えていて、かなり大きい。
「ふむふむ。大きくて奇麗な花ですね。かなり邪魔くさいですが」
結界は余裕を持って張っているので問題ないが、ウィンディーネの足下で斜めに咲いたその大きな花のせいで、ウィンディーネの姿はほとんど見えなくなってしまった。
「これだけ大きいと、もう少し時間が必要ですね」
この植物は変わった特性を持っていた。それは寄生して養分を根こそぎ吸い取り花開かせるだけではなく、その後に全ての養分を一つに集約して種を形成するというもの。
フォルトゥナが用意していた植物は、フォルトゥナが独自に改良していたものなので、種になるまでがかなり早い。
「まぁ、私が手にするまでに多少は改良されていましたが」
それは何の為か。そんな事は考えずとも、作られる種を見れば分かる。
「しかし、こう上手くはいきませんからね」
植物が改良された理由を思い出し、フォルトゥナは口元だけで苦笑した。
そうしている間にも、大輪の花は蕾に戻るかのように花を閉じていく。
目に見える速度で動くその花弁を眺めながら、フォルトゥナはそれの始末について思案していく。
(種は回収しておきたいですが、そうなると他を消しても意味が無くなる? いえ、流石に種は普通の種でしょうが、それでも種を回収するのであれば、外側を消滅させるという訳にもいかないでしょう)
花弁が完全に閉じると、数10秒して一気に花が萎れる。カラカラに枯れて落ちていく花弁。そうして閉じていた花弁の中から姿を現したのは、青く半透明で水晶のような何か。
その半透明の中には黒っぽい何かの塊が入っている。よく見れば、その塊は小さな粒の集まりである事が分かるだろう。
半透明のその物体へと近づいたフォルトゥナは、それを数秒眺めた後にそっと表面をなぞるように触れる。
「これだけ大きい魔石は私でも初めて見ますね」
高さ1メートルちょっとぐらいの双四角錐の魔石。それは親指の先ほどでも大きいとされている魔石の中では、ありえないほどの大きさだろう。
「それも人工物ではなく、一応自然に出来た物。まぁ、中に不純物である種が混じっているのは残念でしょうが」
このまま魔石として使うのであれば、種は邪魔になる。しかし、フォルトゥナは別に魔石を求めていた訳ではないので、余分な部分を削っておけば、後はそのまま保管するだけ。削った部分も持ってはいくが、使うかどうかは不明。
こうして魔石を作れる植物なので、改良しようとしている者は少なからず存在する。
そんな者達にとって問題は、魔石の中にどうやっても入ってしまう種と、魔石生成に必要な養分。フォルトゥナが種を手に入れた時には、成長速度はある程度短縮できていたようだが、それ以外はろくに改良が出来ていなかった。出来ても中の種の量を減らすぐらい。
そんな状態からフォルトゥナが独自に改良した成果が、目の前の巨大な魔石。
「やはり養分がいいと違いますね」
魔石を削ったりして種と一緒に回収した後、蔦も枯れて姿を現したウィンディーネだったモノをフォルトゥナは見下ろす。
「まだここに在って安心しました」
それへと手のひらを向けたフォルトゥナは、そのまま消滅魔法を唱えたのだった。




