旅路33
それからも森の中を進み、予定通りに森を抜けると一気に磯の香りに包まれる。それと共にザパンザパンと静かだが荒々しい音が耳に届く。
開けた視界の先では、空よりも濃い青色が広がっていた。そこに白い線が幾つも浮かんでは消えている。
ヒヅキが初めて目にした海は奇麗なモノであった。
少し先に漁村だろうか、家々の集まりがあるも、誰の姿も確認出来ない。人の気配すらしないので、避難したのかどうかは知らないが、何処かに行ったのだろう。家々が破壊されたような様子はみられない。
そんな漁村と接している海の部分には、木をくり貫いたような舟が幾つか並んで浮かんでいる。2つの小さな舟が棒で繋がれているからか、安定して浮いているように見える。
あれに乗れば海に出られるのだろう。そうは思うが、海に出る予定は今のところ無い。もしも今代の神への道の候補が海に在ったとしても、その時は女性が一人で海に出るだろう。余程遠くない限りは。
海を観察するように目を向けるヒヅキを見た女性は、一瞬思案するように視線を動かすと、一向に休憩する事を告げる。
休憩と共にヒヅキは海に近づいてみる。森と海の間に少し在る砂浜に足を踏み入れると、足が少し沈む。沼や泥とは違ったその感覚に、ヒヅキは足下に目を向けた。
やや白っぽい土色の砂は、しかし土とは違ってサラサラとしている。少し沈んでいる足に体重を載せてみると、グッと砂が締まったような感触を足裏に伝えてきた。
そのまま逆足を前に出すと、そちらも少し沈んでいく。
「ふむ」
足が沈むほどに柔らかいからか、足裏に返ってくる衝撃は少ない。それから数歩進んだところで、何だか面白くなってきたような気になり、ヒヅキはその場で足踏みをしてみる。
「知識として知ってはいたが、実際に体験してみると思っていたのとは違うものだな」
その独特な感触を、ヒヅキはしばらく砂浜を歩いて堪能する。その後、波打ち際まで近づく。
寄せては返す波を不思議そうに眺めたヒヅキは、屈んで海水に触れてみる。
「思ったよりも冷たいな」
海水を触った手を眺めたヒヅキは、ふと思い出してチロリと手についた海水を舐めてみる。塩辛いそれに、ヒヅキは納得したように頷いた。
それからしばらく海を眺める。風があまり吹いていないからか、穏やかな海面は心落ち着けるものがある。
ヒヅキが暮らしていた人間の国は、随分と内陸部にあるらしく、近くに海は存在していなかった。魚と言えば川魚だったし、海など普段生活しているだけでは話にも上らない。ヒヅキの場合は色々と書物を読み漁ったりして知識を蓄えていたから知っていただけに過ぎない。
そう思えば、ここは随分と人間の国から遠い場所なのだと実感させられたような気分になった。遠くに来たようだと思ってはいても、あまり実感がなかったようだ。
少し遠くを見るように漠然と海を眺めた後、ヒヅキは休憩場所に戻る事にする。
(流石に魚は居るとは思うが……)
道中、動物を見た回数など数えるほどしかない。それは何処かに移動したのか、はたまた何かしらの原因で死滅したのかは分からない。なんにせよ、動物をほとんど見かけなかった。
しかし、海の中であれば状況は違うかもしれない。そう思ったヒヅキだが、手元には釣り竿すらないのでどうしようもなかった。ただ何となくそう思っただけなので、舟で漁に出るつもりもないのだから。
まぁいいかと思いながら、砂浜を通って休憩場所に戻る。休憩場所には英雄達は居たが、女性の姿は確認出来ない。
何処に行ったのかと周囲に視線を向けていると、隣に居るフォルトゥナから女性は漁村の方に向かった事を教えられる。
それに礼を言った後、どうしようかと僅かに逡巡したヒヅキは、少し興味があったので、女性を追って漁村に向かってみる事にした。




