旅路32
ヒヅキは収穫した実に目を向ける。
こぶし大のその実は成熟するとかなり甘い果実となるが、現在はまだそこまで熟してはいないようなので、やや酸味が強いだろう。実も硬めだが、ヒヅキとしては食感が強いこちらの方が好みであった。
実を軽く確かめたところ、虫食いのような跡も見当たらない。そのまま食べても問題の無い実なので、ヒヅキは軽く服にこすりつけるようにして実を拭うと、食べる為に口元に寄せる。
口元に寄せると、実からほんのりと爽やかな甘さがしてくる。そのまま皮ごと齧ると、シャリッという小気味良い音と共に甘酸っぱい味が口の中に広がった。
ヒヅキが想像したよりも若干未成熟だったようで、思った以上に酸味が強いが、食べられないほどではない。
シャクシャクと軽快に実を食べると、直ぐに食べ終わる。少し手についた汁を水筒の魔力水で洗い流した後、再度頭上に視線を向ける。
(これぐらい未成熟だったら、少しは保存が利くだろうか?)
食料にはまだ少し余裕があるも、それでも補充出来る時には補充しておきたいところ。
実の収穫は魔法の練習にもなるので、幾らか収穫しておこうとヒヅキは決める。といっても、生っている数はそれほど多くはないが。
周囲の木に目を向けるも、同じ木はそれ程多くはないようだ。その代りに他の実が生る木が生えているも、そちらは未熟なまま食せば腹を下してしまうのでやめておく。
ヒヅキは確認出来る実に狙いを定めて、1つ1つ丁寧に魔法を行使していく。そうして2つ3つと収穫していると、その分だけ魔法にも慣れてくる。
収穫した実は虫食いがないかの確認だけした後、元々干し肉が入っていた小袋に入れていく。1つはヒヅキの近くでずっとその様子を見ているフォルトゥナにあげた。
そうして小袋2つ分の実を収穫したヒヅキは、丁度いい時間だったので、小袋を背嚢の中に仕舞ってから休憩場所に戻る。
休憩場所に戻ると、整列していた英雄達の中に混ざる。直ぐに全員が整列すると、女性はそれを確認して森の奥へと進んでいく。
森は奥に進めば進むほど、少しずつだが木々の間隔が広くなっていく。これは徐々に森の終わりに近づいているという事なのだろう。
「ん?」
そんな事を思いながら森の中を進んでいると、少しにおいが変わったような気がしてヒヅキは周囲に目を向ける。
それは食肉花の時のような甘ったるい匂いではなく、何処か生臭いような独特なにおい。
僅かではあるがそんなにおいが混ざったような気がして、ヒヅキは首を傾げた。周囲には特に変化はなさそうなのだが。
更に先へと進むと、よりにおいが強まる。これは何だろうかと思いながら、木の上や地面にも視線を向けるが、何か変わったものはなさそうだ。
自力で探すのを諦めたヒヅキは、大人しく女性に問い掛けてみる。
「今までと違ったにおいがする気がするのですが、これは何のにおいですか?」
「ああ、それでしたら磯の香りですね」
「磯の香りですか?」
「ええ。この森を抜けると海がありまして、そこは漁場としてこの辺りでは有名なのですよ」
「そうなのですか」
「ええ。魚に貝に海藻にと、色々豊富ですから。まぁ、今でも漁を行っている者が居ればですがね」
そう言うと、女性は軽く肩を竦める。現在の情勢において、そもそも生きている者でさえ珍しいほどだ。その中で外で生活している者はどれほど居るというのか。スキアにとっては、海上でも海中でも関係ない。
それはそれとしても、ヒヅキとしては海そのものが珍しいので、その辺りは正直どうでもよかった。もしも魚が食べたくなれば自分で捕ればいいだけだろう。ヒヅキであれば、それぐらいは簡単に出来る。
「海まではどれぐらいですか?」
「そうですね……休憩しなければ数時間ぐらいじゃないでしょうか」
「ありがとうございます。それは楽しみです」
「ヒヅキは海を見た事が?」
「知識としてはありますが、直接はなかったと思います」
「そうでしたか」
そんなやり取りを交わした後、ヒヅキは自分の位置に戻っていった。




