旅路31
話を終えたヒヅキは、元の位置に戻る。
戻った後に食肉花を探して思わず周囲の地面に目を向けてしまったのはしょうがない事だろう。とはいえ、匂いもしないので見つかるはずもない。
それなりに木が密集している森の中を進むと、遠くから水の音が聞こえてくる。もしかしたら上から流れ込んでいた水が近くを流れているのかもしれない。
ヒヅキは何となくそう思ったが、別に水が必要という訳でもないので興味は無かった。
女性も水音のする方へと移動する訳でもないので、目的地は別方向なのだろう。
今度は何処に向かっているのだろうか。ヒヅキはそう思うも、現在地も分からないのだから何処でもいいかとも思ってしまう。
それから少し進んだところで休憩を取る。
ヒヅキは何か生っていないだろうかと、近くに在った見覚えのある背の高い木を見上げる。ヒヅキの記憶が正しければ、その木には食べられる果実が生るはずであった。時期的にはやや早いが、甘さが控えめになるだけで食べる分には問題ない。
木の下から青々と茂っている葉の間に視線を向ける。木の周りも回りながら調べると、幾つかの実を発見した。
しかし、高さ6,7、メートルほどはあろうかという木なので、手を伸ばしたぐらいでは届かない。登ろうにも、真っ直ぐ伸びていて掴むところがない。
他の木に登って飛び移るなりと別の方法が無い訳でもないが、ヒヅキはどうしようかと考えて、ふと偽りの器のところに行った時の事を思い出して、その思いつきを試してみる事にした。
「………………」
ヒヅキは鋭い視線を実のひとつに向ける。白っぽい赤色をしたその実は、明るい黄色で斑が出来ている。それが濃い赤色になって、黄色の斑がもっとはっきりと表れるようになれば、あの実は最も食べごろとなるだろう。
そう頭の中で思い出しながらも、今でも食べられるからいいかと思い、魔法を現出させる。
(えっと、多分半魔法は中途半端な魔法というよりも、魔力の糸を束ねたような感じだと思うんだよな)
頭の中で女性が偽りの器を調べる際に使用していた魔法を思い出しながら、魔法の構築をしていく。今回の目的は実の探査ではなく、半魔法の吸着性を利用して実を収穫しようというもの。
(この木は実を強く引っ張ると簡単に収穫出来るからな)
本来は一定の重さに達した実が勝手に落ちるというものなのだが、収穫する側からすれば便利な特性である。それは成熟前であっても変わらない。
魔力の糸を束ねるようにして、尚且つぶつかった対象を包み込むような柔らかさを意識して構築していく。
そうして出来た魔法は、女性が構築していたモノよりも一回り程大きかった。それでもおそらく性質は同じようなモノだと思うので、狙いをつけていた実に向けてそれを放つ。
勿論、魔力の糸を付けたままにするのは忘れない。魔力の糸を付けておけば、実に張り付けた後にそのまま引っ張れるのだから。まぁ、そこまで強く引っ張れる訳ではないが。
射出された魔法は、真っ直ぐ実に向けて飛んでいく。移動速度は大した事はないが、その分精度の方に意識を割り振っている。
少しして、魔法が実に到着する。実に衝突した魔法は水のように拡がって衝撃を受け止めると、そのまま実を覆うようにして吸着した。
「よし」
上手くいったのを見て、ヒヅキは思わず小さくそう口にする。
そのまま魔力の糸を引っ張ってみると、腕ほどの太さの枝がしなった後、簡単に枝から離れる。そのまま魔力の糸に引っ張れて、実はヒヅキの手元に収まった。
「上手くいったな」
魔法に関しては休憩中に手元で小さく練習していたが、それでも飛ばして引き戻すというのは思いつきなので、今回が初めての試みとなる。なので、一発で上手くいってヒヅキは心の中で安堵したのだった。




