小休止14
いつも通りヒヅキの向かい側にアイリスが、角を挟んだその隣にシロッカスが腰を下ろした。
二人が座ったのを見計らい料理が運ばれてくる。
漂う香りから察するに、少し前に試食したアイリスの薬草を用いた料理だろう。
最初に目の前に置かれた皿には、試食の時同様に濃い茶色の透き通ったスープが入っていたが、試食の時とは決定的に違う点は、中に具材が入っていたことだった。
それぞれの食前の祈りを捧げた後に、ヒヅキはそのスープを一口飲む。
相変わらず苦いものの、味にコクのような深みが増していた。
(この丸いやつのおかげかな?)
ヒヅキはスープに入っている、灰褐色で丸い一口サイズの具材をスプーンで掬うと、口の中に放り込む。
その具材を噛み締めると、中から肉の脂と程よい薬草の苦味が口の中に広がる。どうやら、試食の時に二品目で出た成形した肉に少し手を加えて一口サイズに丸めたものらしい。スープのコクの正体は、おそらくこの肉汁なのだろう。
スープの味が向上し、具材も美味で、ヒヅキは直ぐにそのスープを平らげてしまった。
次に出されたのは、成形された楕円形の肉を焼いたものと、ヒヅキが初めて見る程に柔らかなパンが2つであった。
ヒヅキは最初にそのパンを手に取ると、その柔らかさに驚きと共に感動を覚える。
肉同様に楕円形のそのパンの両端を手で持ち、両端を反対方向に力を加えて引き裂いてみると、幾層もの生地が伸びるように千切れ、驚く程簡単に引き裂くことが出来た。
ヒヅキが想像するパンとは、保存性が高い代わりに柔軟性を失っていて、スープなどの液体に浸さないとあまり食べる気が起きない代物だった。それ故に、手元のパンの柔らかさに対する驚きは決して小さくはなかった。それこそ、思わず食べずにふにふにとその柔らかさを堪能してしまった程であった。
ハッとして、つい食感ではなく触感を楽しんでしまった事を恥ずかしく思いながらも、ヒヅキはそのパンを一口分千切って口に入れる。
何かの油脂だろうか、肉汁とは違う濃厚な味わいが口に広がり、少し遅れて仄かなミルクの甘みも感じる。
硬さ以前に、パンの味とはスープなどで味付けするものという認識だったヒヅキは、味気無いパンを想像していたのだが、好奇心から試しに口にしたその柔らかなパンのあまりの美味しさに、一瞬驚きに動きを止める。
だが直ぐにモシャモシャと口を動かしては、次々と口内にパンを放り込んでいたヒヅキは、口の中がパサパサとしてきて、用意されていたお茶に手を伸ばした。
そのお茶は試食の最後に飲んだ薬草茶だったようで、多少の苦さを感じる。しかし、その後に食べたパンの甘さがそれをある程度中和してくれて、結果として程よい苦味になっていた。
ヒヅキはそこで一息吐くと、ナイフとフォークを手に、肉に挑む。
相変わらず肉は美味しかった。
一度潰された肉は、成形して焼いても舌触りが優しく、それでいて肉の重厚な旨みもある。
漂う匂いは食欲をいやが上にも促進させるもので、肉を口にした後にパンをかじると、また少し違った美味しさがあった。
ヒヅキはそれをあっさりと平らげてしまうと、そこでお腹が大分満ちている事に気がつく。
そんなに沢山食べただろうかと疑問を抱いたが、昼食がてらの試食からそんなに経っていないのだから、それも影響しているのだろう。それと、全体的にヒヅキがこれまで口にしてきたものより味が濃かったのも一因かもしれない。こんなに濃い食事は、旅の途中で調理を怠けて保存食を食べた時以来だろうか。そこまで濃くはなかったかもしれないが。
とりあえず、試食の時同様に、よい塩梅で料理はそれで最後だったらしく、ヒヅキは手を合わせて食事を終えたのだった。