偽りの器41
ヒヅキが仮眠を取る少し前。休憩場所から偽りの器の在る場所へと移動を始めた女性とクロスは、やや距離を取りながら森の中を進んでいた。
「どういうつもりですか?」
「どういう、とは?」
前を進む女性がクロスに声を掛ける。その声音はとても冷たい。
「本気でそれを使用するつもりですか?」
「ああ、そうですね」
女性の言葉に首を傾げたクロスだが、続く言葉に視線を腰に差している剣へと向ける。
「勿論そのつもりですよ。それが最善そうでしたからね」
「最善、ですか。それの危険性は貴方が1番理解していると思うのですが?」
「それはこの剣の所持者ですから当然ですね」
「それでもなお最善と?」
「他に手は無いでしょう? 神への道が何処にあるのかまだ確定していないとはいえ、候補は何処もここから遠い。そこからここへと転移をするのであれば、最も近い場所の候補からでも可能なのは、精々が数名程度。更に偽りの器の確実なる破壊まで加味すると、私か貴方ぐらいしか候補がいないのでは?」
「………………」
「そして、現在の戦力では私と貴方は神との戦いには必要不可欠でしょうから、どちらかが偽りの器の破壊の任に就いた場合、片道ではなく往復という事になります。私と貴方であればそれも可能ではありますが、それでも結構消耗してしまい、それでは神との戦いに支障をきたしてしまう。であれば、この球体の力を利用するほかに無いと思いますが? そうすれば消耗は無いにも等しい」
「………………」
「まぁ、貴方が抱く危惧も理解出来ます。ですが今回は、それまでの間にこの球体に私の魔力を補充しておきますので、その時にはそちらを使用すれば危険はないでしょう」
「そうですか……それで、貴方の目的は? 貴方が素直に協力するとは思わないのですが?」
「それは心外ですね。世界の消滅危機、それに現在の神は世界の敵のようなもの。そんな脅威が迫っているのです、先達として協力しない訳にはいかないでしょう?」
「……それが他の英雄の言であれば信じてもいいかとも思うのですがね」
「おや、信じていただけませんか?」
「当然ではないですか。人々の願いを踏みにじり、世界を裏切った悪逆の王の言葉を信用しろと?」
「その名も随分と懐かしいものですね。それを知っているのも、私以外ではもう貴方だけでしょう。現在の神ですら知っているかどうか。まぁ、当時を生きていた者はもう誰も居ませんが」
懐かしむように微笑むクロスを女性は感情の窺えない目で一瞥すると、視線を前に戻す。
「それで? 貴方の目的は何ですか?」
「目的という目的はないですよ。強いて言えば、ヒヅキ様の手助けでしょうか」
「ヒヅキに何をするつもりですか?」
「別に何も。貴方も私の事を知っているのならば、私がヒヅキ様を崇める理由も理解出来るのでは?」
「………………」
「まぁ、貴方の興味は主にヒヅキ様ではなく、その中の方でしょうが。あちらの方も素晴らしいとは思いますので、私もそれは理解出来ますね」
不機嫌そうに視線の端でクロスを捉えると、女性は何かを言おうと口を開きかけて閉じてしまう。
「それはさておき、私はヒヅキ様が参戦なさる限りは協力を惜しまないつもりですよ」
「……そうですか。では、頼りにさせてもらいます」
「はい。存分にどうぞ」
微笑むクロスから視線を外した女性は、口の中で小さく「ヒヅキも災難ですね」 と言葉にした。しかし、有能な人材は現状ではあり難いので、内心で憐れむだけで女性からヒヅキに何か言うつもりはなかったが。
それから二人は、しばらく無言で森の奥へと進んでいく。
森の中だというのに、移動速度が平地を駆けるかの如く速いので、目的の岩の前まであっという間に到着出来た。
「なるほど。これはまた奇妙な岩ですね」
女性が立ち止まった目の前の岩を見たクロスは、興味深げに岩の周囲を移動しながら視線を向けていった。




