偽りの器26
ヒヅキが岩に触れて転移した先は、女性の言葉通りに真っ暗な場所であった。
周囲を見回してみるも黒一色で、ここは明かりがないから暗いというよりも、そもそも黒色しか存在しないのだろうと思えるほどに黒い。
「えっと……」
そんな場所である。女性の位置どころか、本当に同じ場所に転移してきたのかどうかも分からないほど。
周囲の魔力を探ってみようとするのだが、こちらも女性の言葉通りに力の濃度が高するからか、視界同様に黒一色のように何も解らない。
ヒヅキの周囲ではより一層輝きを増す砲身だが、この砲身の明かりは周囲を照らす事はなく、また視界に入れても眩しくない。なので、明かりとしては使用出来なかった。
因みに、ヒヅキは砲身の明かりが増したのを出力を上げたからだと思っているが、実際は周囲の力の濃度が上がった為に取り込む力の量が増したからであった。ヒヅキは知らない事だが、この砲身は魔力の時とは異なり、周囲の力を取り込んで存在を維持している訳ではなく、周囲の力を吸い取って蓄えている。そうする事でいつでも何処でもこの力を使えるようにしていた。
そして、砲身が力を蓄えている先はヒヅキなのだが、その事にヒヅキは気づいていない。というのも、それを管理しているのはヒヅキの中に眠る別の者であったから。
閑話休題。周囲の状況が分からず困惑してその場から動けずにいるヒヅキ。女性が事前に調べているので大丈夫だとは思うが、あまりの暗さに1歩でも足を踏みだしたら奈落の底まで落ちていってしまいそうな恐怖があった。
「……近くに居ますか?」
僅かに逡巡したヒヅキだったが、意を決して少し大きめに声を出して尋ねてみる。もしも近くに女性が居るのであれば、これに反応してくれるだろう。この場所が安全かどうかは知らないが。
ヒヅキが声を出して程なくすると、
「ここに居ますよ」
その言葉と共に、横からヒヅキの腕が掴まれる。何も見えはしないが、声は聞き慣れた女性のものであった。
「ああ、そこでしたか。周囲が暗くて何も見えませんでした」
「それはしょうがないですね。ここでは視覚も魔力もあまり機能しませんから」
「はい。そういえば、ここの状況は分かるのですか?」
「ええ。まぁ、慣れですね。ヒヅキも訓練すれば、この中でも視界を確保する手段を確保出来ますよ。さ、こちらです。気をつけて付いてきて下さい」
ヒヅキの腕を引きながら、女性はゆっくりと歩き出す。こんな状態で役に立つのだろうかと思うが、来てしまったものはしょうがない。今ははぐれないように女性に付いていきながら、この場所に慣れるしかないだろう。
暗い場所だと気をつけなければ足がもつれそうになるも、ヒヅキはなんとか進む。女性もそれを見越してかゆっくりとした移動速度だ。
無言のまま先へ先へと進んでいく。何も音はしないのは風の結界のせいか、それともそういう空間なのか。
そこまで考えたところで、そういえばと腕を掴んでいる手に意識を向ける。
(風の結界は起動しているのだが……)
そんな風の結界などないかのようにヒヅキの腕を掴んでいる女性に、ヒヅキは風の結界は護りとしては効果が無いのかと首を捻る。確か女性は防御にも少しは使えるみたいなことを言っていたような? と、ヒヅキは記憶を遡る。
もっとも、それほど強い魔法ではなかったし、それを組み込んだ女性には効果が無いという可能性もある。まぁ、補助が主体なので最初から防御としては期待していないので問題はないが。
とはいえ、この状況ではそちらの方が望ましいので文句はない。腕を引いてもらわなければ、ヒヅキは転移した場所で途方に暮れていただろう。戻るにしても、来るときに使用した岩のような転移場所が近くにあるとは限らないし、ヒヅキ自身の転移で帰るにしても、短距離でしか使えないうえに、そもそも場所が分からないので使用は難しい。
そういう訳で、女性に頼るしか今のところ手はなかった。




