小休止10
『昼食ついでの味見も兼ねて、御父様より前に食べて欲しいので、先に食堂へと行って待っていてください』 とアイリスに言われたヒヅキは、台所まで先導してくれたメイドともう一人、くすんだ金髪を短く切り揃えた中性的な容姿のメイドの二人と一緒に、食堂で待機していた。
飾り気のない広い部屋の中央には長方形の大きなテーブルが置かれ、喧騒とは無縁のしんと静まり返った室内に三人だけが存在していた。それもヒヅキだけ椅子に腰掛け、メイドの二人はその後方の壁際に置物のように静かに立っているという状況。それはヒヅキの神経をすり減らすには十分な状況であった。
(か、帰りたい)
何処に? と問われれば自室だろうか。
(もう睡眠を取りたいなどという贅沢は言わないので、自室で独りにしてください)
ヒヅキはそう内心で願いながらも、椅子に腰を落ち着けている間の表情は、瞑想でもしているかのような穏やかなものだった。
そんな状態がしばらく続き、そろそろヒヅキが遅いアイリスの様子を見に行くなどの理由をつけてこの場を離れようかと考えていると、食堂の出入口の扉が静かに開かれアイリスが入ってくる。その後に続いて、食器や幾つかの小振りな鍋を載せた手押し車を押したシンビが入ってきた。
二人が近づいてくると、微かにだが癖のある独特の匂いが漂ってくる。
「御待たせしてすいません」
ヒヅキの前で申し訳なさそうに頭を下げるアイリス。
それにヒヅキは気にしていない旨を伝えるも、アイリスは変わらず申し訳なさそうにしている。
「さぁ、アイリスお嬢様。ヒヅキさまにこれを」
それを見かねたシンビが、横からアイリスに独特の香りを放つスープが注がれた器を差し出す。
「ああ、そうですわね」
アイリスはそれに笑顔で頷くと、丁寧な所作で器を受け取り、ヒヅキの前に静かに置く。
微かな音さえさせずに置かれた器に注がれているスープを、ヒヅキは覗き見る。
それは濃い茶色ながらも不思議と器の底が見える程に澄んでいて、スープの中には具材は一切入っていなかった。
「疲労を取る効果のある薬草と体力を戻す効果のある薬草を主としてブレンドしていただいたモノをしっかりと煮出したスープです」
アイリスからそう説明を受けると、ヒヅキはスプーンを片手にスープを一口分掬う。
それを口元に持ってくると、癖のある薬草のだろう香りが強くなる。
それは嫌いな匂いではなかったが、どう考えても物凄く苦いんだろうなーと頭の片隅で思い、ヒヅキは一緒遠い目をした。
直ぐに現実に戻ると、ヒヅキはそれを口の中に流し込んだ。
(苦い……けど、思ってたほどじゃ……)
水の量が多かったからか、薬湯と思えばこんなモノかという程度の苦さであった。
「とても身体に良さそうな味ですね」
アイリスに顔を向けてそう味の感想を伝えると、アイリスは少しだけホッとしたような表情をみせる。
「では、次の料理を御出ししますね」
そう言うと、アイリスはシンビに目線を送る。
それにシンビが恭しく頷くと、次の料理が鍋から皿に移された。




