偽りの器15
今度は余計なモノは付けないで、小石だけを現出させる。
ヒヅキの魔法で現れたのは、直径3センチメートルほどの先の尖った楕円形の小石で、そこらに放れば簡単に風景に紛れてしまいそうな、ありふれた普通の小石。
小石の他に弱弱しい光を放っている光の環も一緒に現出させると、ヒヅキは目標の木へと視線を向ける。
(とりあえず土が付着している部分は避けるとして……)
そうして狙いを定めると、ヒヅキは光の環の角度を微調整してから小石を光の環に通す。
小石は勢いよく射出されると、ヒュッという空気を切り裂く音を発しながら木に向けて飛んでいく。
それから直ぐに木に衝突するも、小石はそんな事など気にしないとばかりに呆気なく木を貫通してしまう。
そのまま後方の周囲よりも大きな木に衝突するが、木の幹の中へと侵入するも途中で勢いを失って止まってしまう。どれぐらい中まで突き進んだのかは分からないが、木の半ばほどまでは埋まったような気がする。
(うーん。思ったほど勢いがなかったな。あれならまだ水球の方が威力があったか?)
木を1本貫通しただけという結果に、それだけでみれば複数本の木を貫通させた水球の方が威力は上だったかもしれないなと、ヒヅキは考える。無論、一概にそう言えるものではないのだが。
(まぁ、状況にも由るか。相性とかもあるからな。なんにせよ、十分強化されているのは変わらないようだし)
十分な威力まで強化されているのであれば問題ないかと判断したヒヅキは、今は細かな確認よりも魔法を放つ方を優先させる。それでも火の魔法は判断に迷うところなので、使用は控える事にするが。
光の環は最小の出力のまま据え置きつつも、それを通す魔法の方は少しずつ強くしてみる。あまり強くし過ぎてもいけないので、難なく数本木を貫通した辺りで強くするのを止めた。
そうして、英雄達を取り出した事による変化の確認がてらに魔法に慣れる為の練習を行っていると、前回同様にクロスがそろそろ休憩を終える事を告げにやって来る。
その頃には的にした木は穴だらけになっていた。穴だらけになった木が広範囲に広がっている様子を見たクロスは、苦笑するような呆れたような表情を浮かべていた。
ヒヅキはそれを見なかったことにして、クロスと共に休憩場所に戻る。
休憩場所に戻ると、既に隊列が整っていたので、ヒヅキとクロスはその隊列に加わった。
二人が隊列につくと、女性は直ぐに森の中を進み始める。
ヒヅキはその後ろ姿を眺めながら、睡眠の話を今切り出してもいいものかと少し考えるも、ただの移動中だし問題ないかと話をする事にした。
「あの」
「どうかしましたか?」
やや遠慮がちに声を掛けると、女性は視線だけヒヅキの方に向ける。
「移動しながらでいいので相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。何でしょうか?」
女性が頷いたところで、ヒヅキはそろそろ睡眠を取りたい旨を伝える。それも今までよりは多少長めに。
ヒヅキからその事を聞いた女性は、一瞬「あ」 とでも言いそうな表情を浮かべた後、申し訳なさそうな表情を受けべる。
「これは配慮が足りませんで」
「いえ、そんな事は……」
「では、次の休憩は長めに取りましょう。その頃にはちょうど夜ですし、寝るにはいい時間帯でしょう」
「ありがとうございます」
日中でもヒヅキは寝る事が出来るが、それはそれというやつであろう。女性に礼を言ったところで、この話は終わる。後は次の休憩を待つばかり。
それからは女性に続いて黙々と森の中を移動していく。
改めて森の中を見回してみると、明るい森の中ではあるが、生き物の姿はまるでない。鳴き声もなければ気配もしない。豊かな森のように見えて、その実まるで死の森のようだとヒヅキは思う。
それからも何か話がある訳でもないので、そのまま夜になるまで黙々と森の中を進んでいった。




