偽りの器8
周囲の確認を終えると、ヒヅキは早速魔法の練習を行う事にする。
(あの木を的にするかな)
少し先に生えている木に身体を向けたヒヅキは、そう決めて意識を集中させる。ヒヅキが的に選んだ木の表面には、黒い斑点のような模様がポツリポツリと浮かんでいた。
その斑点のひとつに向けてヒヅキは魔法を放つ。放ったのは、直径20センチメートルほどの水の球。それが走るぐらいの速さで飛んでいくと、ヒヅキの狙い通りの場所に当たってぱしゃりと弾ける。
弾けた際の音は非常に軽かった。しかし、水球が中った木はがさがさと煩いぐらいに葉を揺らして大きく揺れる。それでも、折れるまでには至らなかった。
(うーん。思ったよりも威力があるな。これはもう少し本気で魔法を放ったら木が折れそうか?)
最初の魔法という事で、ヒヅキはどれぐらい感覚が魔法に馴染んでいるかの確認も込めて軽めに魔法を放っていた。その結果が、先程の木を大きく揺さぶるほどの威力。
的にした木はそこまで太い訳ではないが、それでも大人一人では手を回すには少し足りないぐらいの太さがある。思いきり幹を蹴れば揺らせるだろうが、それでも精々が葉が数枚落ちる程度の揺れだろう。
先程のヒヅキの魔法は、子どもどころか大人でも簡単に吹き飛ばせるだけの威力が籠っていた。同じぐらいの大きさの一般的な水球と比べても、威力は段違い。ただ、飛んでいく速度に関しては大して変わらなかったが。
(全力で、というのは流石に無理でも、もう少し力を出してみたいところだが……)
ヒヅキは的にした木に視線を向けながら、腕を組んでどうすればいいかと考えてみる。周囲にはもう少し太い木はあるが、それでも大して変わらないだろう。
いっそ木を折ってもいいかとは思うが、それはそれで折った後の魔法の行方が心配になる。次の木で止まってくれればいいが、もしかしたら木々をなぎ倒して森の中を進んでいってしまうかもしれない。
それに折れた木がどう倒れるかも考えなければならないので、迂闊にそこまでの威力は出せなかった。
もっとも、縁もゆかりもない森で木を何本か倒すだけであればヒヅキもあまり気にしないのだが、問題は現在居る森は得体の知れない何かがあるような気がしているという事。そのせいで、森を変えてしまう行いは慎重にやった方がいいだろうと判断していた。
ではどうすればいいか。少しの間ヒヅキはそれを考えると、魔法の威力を上げる分で魔法の飛んでいく速度を上げられないだろうかと結論を出す。
(魔砲の場合は、光球を砲身に通す事で速度を上げていたが……)
そこまで考えたところで、周囲に浮いている光輝く砲身に目を向ける。光の環が重なって出来たそれに、ヒヅキは光球以外のモノを通そうとした事は今までなかった。それは元々魔法が使えなかったのも原因だが。
なので、速度が足りないのであれば、光球同様にこの砲身で加速させればいいのではないだろうかと考える。それが出来れば、この砲身も活躍の場が一気に増える事だろう。
ただ、魔法を砲身に通そうとした時に爆発しないだろうかという不安は残る。それと、射出した魔法の行方か。光球の場合、砲身を通す事で速度だけではなく威力も上がるので、その辺りも考慮しなければならないだろう。
その辺りを考えながら、ヒヅキは砲身を新たに現出させる。こちらは弱弱しい光を放つ光の環がひとつだけの砲身だが。
(考えても答えは出ないし、時間もないからとりあえず試してみるか)
やれば分かるかと思い、その為に風の結界の外側で最小限の出力で現出させた砲身と水球。
それを確認したところで、ヒヅキは真上からやや角度をつけた向きに砲身を傾けると、緊張しながらその間に小指の先ほどの大きさの水球を通してみる。




