偽りの器6
夜になると暗くなる。普通そういうものだろう。しかし、頭上に輝く月は満月とまではいかないが、結構丸くて大きい。なので普通であれば、そんな夜でも明るいはずだった。
現在ヒヅキ達が進んでいる森は、頭上に枝葉がほどほどに拡がっているだけで、日中は陽光が入ってきて明るい森であった。しかし、現在は頭上に月が輝いているというのに、何故だか森の中は非常に暗い。真っ暗と言えるほどの森の中は、足下がどうなっているのかあまり見えはしない。
その不自然な暗さに、ヒヅキは眉根を寄せる。女性を先頭にして進んでいる一行にはこの程度の暗さは問題ないが、それでも肉眼では黒一色という状況は普段よりも神経を使う。
(この森は一体……?)
纏わりついてきていた魔力の件もあるので、この森は普通の森という訳ではないのだろう。かといって、現在のところ他に何か変わったところがあったかと言えば、今のところ何も無かった。
この森には何かが居るのか、はたまた何かが隠されているのか。ヒヅキはそんなことを考えるも、ここへはそれを探しに来た訳ではないので、その考えは横に措く。先頭を進む女性はヒヅキなど足下にも及ばないほどに色々と見えている者なので、ヒヅキは余計な事は考えずに自己防衛の為に周辺の警戒だけしておく事にした。
暗い暗い森の中を進んでいく。ヒヅキ達が歩く音こそするが、葉の揺れる音も虫の鳴き声もしない静寂なる森。もっとも、仮にそういった音がしていたとしても、風の結界で自身を覆っている今のヒヅキには聞こえなかっただろうが。
ヒヅキは周囲に視線を向けながら進む。他の者には見えないが、ヒヅキの周囲には魔砲の砲身が浮かんでいた。闇夜の中に在っても明るく光っているその砲身だが、その明かりが周囲を照らす事はない。触れる事も出来ないので、光球の加速以外には役には立たない代物だった。
ただ、ヒヅキにはその光輝く物体が見えるので、僅かだが視界を塞いでしまい、正直邪魔でしかない。
それでも使用しているのは、周囲の魔力を大量に消費する為。そのおかげで、纏わりつくような不快な魔力はあまり感じなくなっている。
(これは砲身でよかったな。光球や光の剣を現出していれば、今頃目立ってしょうがなかった事だろう)
周囲の暗さに意識を向けたヒヅキは、少し前の自分の判断に心の中で喝采を送る。光の魔法が珍しいというのもあるが、暗闇の中で光を発していては否応なく目立つ。それも味方だけでなく敵からも。そういった存在が居るのかどうか定かではないが。
とりあえず、今は砲身以外の光の魔法は控えておこうと心に決める。ただそれは別にしても、そろそろ本格的に光の魔法以外の魔法を使用してみたかった。移動ばかりなのでその辺りがあまり試せていない。特に攻撃魔法はまだ1度も満足に行使出来ていないので、戦闘時に困ってしまうだろう。
(次の休憩の時にでも……いや、無理か)
もしも休憩中に試すのであれば、事前に全員にその事を周知しなければならないだろう。それか女性にでも告げて休憩中に一人で集団から離れて試すか。
(……あれ? それなら大丈夫か?)
まぁ、それでも英雄達であれば魔法の気配を察するだろうが、近くで行使するよりはいいだろう。それとなく口に出しておけば、全員に一々周知させる手間は省ける。
そろそろ魔法を使用したくてしょうがなかったヒヅキは、次の休憩中にでもそうすることにした。むしろ、念願の魔法を満足に行使出来るようになりながらも、よく今まで我慢出来たものだと自分を褒めたいぐらいだった。
それから暗い森の中を一晩歩き通すも、何かに襲われるという事はなかった。罠の類いも発見出来なかったし、心配し過ぎだろうかとヒヅキは思うも、警戒は継続しておく。
日が昇って夜の間の暗さが嘘のように森が明るくなってきたところで、女性は少しの休憩を告げる。ちらとヒヅキが後方に目を向けてみると、それだけで疲れた顔の英雄が何人か確認出来た。




