偽りの器3
それからも移動を続け、森の中へと入る。
入った森の中は明るく、木々の合間から先まで見通すことが出来る。枝葉の合間から頭上を見上げれば、青空が確認出来た。
しかし、そんな森だというのに何故だがかなり湿度が高いようで、ヒヅキは森の中に入ると、ぞわっとした不快感に襲われた。それと共に、身体が急に重くなったような気もする。
これでよく視界が通るものだと、不快感を抱きながらもヒヅキは森へと視線を巡らす。
(それに、苔やら茸やらの量も普通ぐらいか?)
周囲に視線を向けた後、ヒヅキは足下へと視線を落とす。ヒヅキが踏みしめている土は逆に少し固いぐらいで、ぬかるんでいる様子はまるでない。
その間も女性が足を止める事はなく、英雄達の方に視線を向けてみるも、森に入る前と変わらない気がする。
(気のせい? そんな事はないと思うが)
未だに感じる纏わりつくような不快感は、まるで湿気の海を泳いでいるようだ。それほどだというのに、誰も気がついていないかのような様子に、やはり気のせいなのだろうかとヒヅキは思うが、あまりにもはっきりと感じる感覚にそれはないかと首を振る。
では、何故周囲は感じないのかと思うも、答えは出ない。何かしら魔法で快適空間を築いているのかもしれない。そう思ったところで、ヒヅキは腕輪の存在を思い出す。
頂上の神前に赴く際に女性がその腕輪に組み込んでくれた魔法で、自分と周囲を隔てる風の結界を生み出すというもの。それは外気温や音も遮断するほどなので、現在の状況には効果的だろう。
滑り台を滑って崖下に到着した後、地上の移動だったのでもう必要ないかと切っていたのだが、これならば起動しっぱなしの方がよさそうだなとヒヅキは密かに思う。そうしておけば、今回のような不快感に教われる事はなかっただろうから。
腕輪に組み込まれた魔法を起動させる。直ぐに風の結界に覆われるが、それで急に快適空間になったりはしない。風の結界が覆うのはヒヅキから少し離れた場所なので、切り取られたその内側の状況は、切り取られる前の環境と変わらない。ただ、これ以上外気が入ってこなくなっただけ。
後は内側の環境をどうにか改善するだけなのだが、そこでヒヅキはどうしたものかと思案する。なにせヒヅキには、自身の周囲を快適な環境にするなどという魔法を持ち合わせてはいないのだから。
(…………ん? 待てよ)
しかし、そこでヒヅキはふと思い出す。女性から寒さ暑さを遮断する魔法を教わった際に、余談として湿気や臭いを取る魔法もあると教えてもらったのだったと。あの時は目的の魔法ではなかったので、女性もさらっとやり方を教えただけではあったが、それでもヒヅキは習っていた。
それを思い出したヒヅキは、その方法を思い出そうと思考を回転させていく。そして程なくして、なんとかその方法を思いだすことが出来た。
思い出したところで、早速使用してみる。それだけ周囲の纏わりつくような湿気がとても不快だった。
(……少しはマシになったか?)
魔法を発動してみたものの、変化は乏しい。確かに少しは快適になったような気もするが、変わらず不快感は続いている。
ヒヅキはもう1度同じ魔法を試してみたが、結果はあまり変わらなかった。
(魔法は普通に行使出来るようになっているはずだから、魔法が間違っていた?)
何せ話の流れで1度だけ軽く教わっただけの魔法である。その時は別の魔法に意識が向いていたので、間違って覚えていてもおかしくはないだろう。そうヒヅキは思うのだが、何だかそれも違うような気になってくる。
これも何だろうかと、ヒヅキは首を捻る。何となくではあるが、魔法自体は間違っていないような気がしているのだ。だが、結果が全てでもあるので、他に何か見落としていただろうかと、ヒヅキは森の中に入った辺りからの記憶を探ってみることにした。




