英雄達80
急な角度とはいえ、直角という訳ではない。滑っても落下するという事はないだろう。もっとも、速度が出過ぎて飛んでいくという事はありそうだが。
「……そうなんですか」
女性の言う滑り台は崖に沿うように造られている。片側が崖で、反対側には何も無い。
滑る部分は深めにはなっているが、それでも座った時に下半身が隠れる程度。縁の部分には掴むための出っ張りなどもなく、もしも落ちそうになったら咄嗟に縁を掴めるかどうか。
幸いと言えばいいのか、それともだからとでも言えばいいのか、崖に沿って作られているだけに、視認出来る範囲では滑り台は真っ直ぐに伸びている。来た道を戻るような方向だが、それは別にいいだろう。
そうして真っ直ぐに作られているから落ちる可能性は低いかもしれないが、滑り台を護るような部分は見当たらないので、龍にでも襲われたら面倒になるだろう。その前に。
「………………また随分と滑っていく速度が速いですね」
真っ直ぐ道が伸びているので結構な距離が視認出来るというのに、滑っていく英雄達はあっという間に見えなくなっていく。馬程度では到底追いつくことは出来ないだろう速度なので、相当なものだ。
それ程の速度だというのに、英雄達は悲鳴ひとつ上げはしない。
ヒヅキはその速度を見て、色々と考える。座って滑っているがお尻の方は大丈夫なのかとか、あの速度で恐くはないのかとか、直進とはいえあの速度で落ちないのかとか、あんな速度で滑って最後に地面に降りる時は大丈夫なのか、とか色々。
龍に関しては詳しく無いので、馬よりも速い速度でも襲われるのかどうかは知らないが、それでも多少は心配事が減ったような気がした。それ以上に増えた気もするが。
「この道は滑りやすくなる加工がなされていて、そういった魔法が掛かっていますからね。もっとも、大分昔のものなので、その効力は弱まっていますが」
「それであの速度という事は、昔はもっと速かったのですか?」
信じられないとばかりに問うヒヅキに、女性は苦笑するようにしながら答える。
「あれは英雄達が魔法を使って自主的に速度を上げているようですね。時間には限りがあるという事を理解しているようです」
「そうなのですか?」
「ええ。さ、そろそろ私達も行きましょうか。そのまま滑る分にはあれ程の速度は出ませんので、ヒヅキは最後にゆっくり滑ってくるといいですよ。下で整列させたりしながらゆっくりと待っていますので」
話している間に英雄達が全員滑り終えたので、女性はヒヅキにそう告げた後、早々に滑り台を滑っていく。その速度は先に滑っていった英雄達に劣らない。
「……………………」
それを見送った後、一人残ったヒヅキは一瞬だけ躊躇したものの、意を決して滑り台に乗る。そうすると、勢いをつける必要もなくヒヅキの身体は滑り台を滑っていく。
確かに女性の言う通り、英雄達のようなもの凄い速度は出ていないが、それでも滑り台の傾斜が深い為に、馬にも負けず劣らずな速度が出ていた。
そんな速度で滑っていくが、不思議とお尻の方に滑っているような感覚は伝わってこない。伸ばしている足にも何の抵抗も感じないので、ヒヅキは速度よりもそちらの方が気になり、身体を僅かに横に傾けて視線を身体の下の方へと向けてみる。
(……うん? 少し浮いているのか?)
しばらく足の部分を観察してみると、ごく僅かにではあるが浮いている事に気がつく。滑り台と身体の間に薄くて見えない何かを敷いているかのような感じに、ヒヅキはこれが施されている魔法だろうかと思う。
(そうなると、見えないだけでこの滑り台にも防護が?)
そう思い、ヒヅキは滑りながら周囲に意識を集中してみた。元々魔法には敏感なので、意識してみれば結構解るものらしい。ただ、それを無意識でも解るようにしなければならないなと、ヒヅキは考えていた。
今後を思えば、それは可能な限り早急に身に付けるべき技能なのだろう。




