英雄達71
「私は貴方の事を知りません。おそらく時代が異なるのでしょう。なので、貴方が何を成したのか訊いてもいいですか?」
「勿論です。全てというには時間が掛かるので、幾つかを掻い摘んででよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「では――」
ヒヅキが頷いたのを確認した少年が語ったのは、およそ現実味の無い話であった。
空を飛ぶ、水中で呼吸をするなどというのは可愛いもので、一国の軍隊相手に単騎で勝利を収めたり、浮遊城を建築して空に領土を持っていたり、一時期世界を統一していたり等々。それだけではなく、様々な魔法の開発も手掛けており、転移の魔法もこの少年が開発した魔法のひとつだったらしい。教えてもらった魔法の構成はヒヅキが知るのとは若干異なっていたが、それはヒヅキが知るのが後年に改良された魔法だからで、基となる魔法は少年が開発した魔法だったという。
この辺りはヒヅキでは分からないので、後で女性に確認してみようとヒヅキは思った。
そういった逸話をやや照れたようではあるが、しかし淡々と語っていく少年に、真実味が増していく。
1つ1つの逸話は短くまとめられているのだが、それでも数がある為に思いの外時間が経ったところで、少年の話は終わる。これぞ英雄という逸話も多かったが、それよりも子ども達に語り聞かせるお伽噺のような要素の方が多かった。これはヒヅキが今の常識を持って判断しているからだろう。転移魔法ですら伝説と言われている価値観など、過去の時代では通用しないらしい。
「それにしても、ヒヅキ様は面白い者と行動を共にしているのですね」
何にせよ、やはり見た目と年齢は一致しないようだ。そうヒヅキが結論付けたところで、少年は一瞬視線を別の場所に動かす。
その視線の先を追わずとも、ヒヅキは誰について少年が言っているのかは理解していた。なので、首を僅かに傾げて問い返す。
「面白い者、ですか?」
少年の自身に対する呼び名も気にはなったが、それよりもそちらの方が気になった。少年は一体何を知っているのだろうかと。
「ええ。あの哀れな人形ですよ。何も成せず、死ぬ事さえ出来ない哀れな人形」
そういった少年の声音には、同情するような響きがあった。誰の事を言っているのか、それは間違いなく女性についてだろう。ヒヅキは女性の過去について大して興味も無いので聞いてはいないが、この少年は、その女性の過去について知っているようだった。
(……一体いつの英雄なのだろうか?)
しかし、ヒヅキは女性の過去はやはり興味が無いようで、それよりも、かなり永く生きていると思われる女性の事を知っているこの英雄の方が気になった。話し振りが孫を想う祖父のようにも思えたので、もしかしたら女性が生まれるよりも前の時代の英雄だったのかもしれない。
そんな英雄でも囚われているというのは、中々に興味深い。これが神の意思であれば、今代の神はどれほどの高みに居るというのか。いや、少年に関しては今代の神の仕業と決まった訳ではないだろうが。
「なるほど。それで、私達はもしかしたら神と戦う事になるかもしれないのですが、その際にお力添えを願えませんか?」
「その際にはヒヅキ様も戦うので?」
「戦力になるとは思いませんが、そのつもりではいます」
「なるほど。では、喜んで私もその戦列に加えていただきましょう」
「よろしいのですか?」
「はい、勿論」
「ありがとうございます」
少年の力強い頷きに、ヒヅキは感謝の言葉を返す。他の英雄達はさておき、ヒヅキの目にはこの少年だけは別格のように映っていた。この少年が加わるのであれば、もしかしたらと思わなくはないほどに。
「そういえば、その姿は生前の姿なのですか?」
そこでヒヅキは、折角だからと気になっていた事を尋ねてみる。英雄達の姿については謎だったので、丁度いいと思ったのだ。




