英雄達70
少年の近くまで歩み寄ったヒヅキは、数歩分の距離を空けて立ち止まる。そんなヒヅキへと少年は何かを期待するように目を輝かせる。
近くで見る少年は、遠目で見た時に感じた以上に背が低く、顔だちも幼い。もしも外見通りの年齢だとしたら、ギリギリ齢一桁といったところか。
しかしそれ以上に、腰に佩いている双剣の魔力の濃度があまりにも濃く、それでいて僅かに周囲に漏れだしている為にヒヅキは気分が悪くなってくる。
そんな代物を平然と腰に2本も佩いているというのがヒヅキには信じられない。もしかしたらそれに気づいていないのかもしれないが、それでも長い事その状態が続いていると体調を崩してしまいそうだ。
あまりにも酷いその状況に、思わずヒヅキは僅かに顔を顰めてしまう。
それを目に留めた少年は、嬉しそうにより笑みを深くする。そんな少年に、一体何が目的なのかとヒヅキは益々訳が分からなくなる。
とりあえず、まずは少年について尋ねようかと思ったヒヅキが口を開いたところで。
「やっぱり、魔力に敏感なのですね!?」
少年が弾むような声音でそう口にした。
それは見た目通りに中性的な声音だった。やや低い気がするので少年だろうとは思うが、女性が少年の声音を真似ているようにも聞こえて何とも言えない。
ただ、その声音が表情通りなのはよく解る。そして、その言葉から少年が何についてヒヅキに期待していたのか少し見えてきた。
少年はヒヅキの魔力に対して鋭敏な感覚について何かを期待しているらしい。少し前まで魔力の効率化なんてしていたので、それを見ていてなのだろう。ヒヅキの中に封印されていた時からの記憶でない事を祈るしかない。
とりあえず、相手から反応があったというのは大きな1歩だろう。このままこの少年が何者なのかぐらいは聞き出したいところ。
「まぁ、そうですね。人よりは魔力に敏感かもしれませんが……貴方は一体どなたですか?」
特に駆け引きが必要だとは思わなかったので、ヒヅキは相手の言葉に頷いた後にそう問い掛けてみた。
そうすると、少年はその事について思い出したかのようにハッとすると、今度は折り目正しく頭を下げる。それも上位者を相手にするかのように深々と。
そうした後、頭を下げたまま少年は名乗りが遅れた非礼を詫びる。それと共に自らの名を名乗った。
「名乗るのが遅れた非礼をお詫び致します。私の名はクロスと申します」
それは先程までと違って真摯な声音であった。急激な態度の変化に、やはりただの少年ではないのだろうとヒヅキは納得する。生前どんな人物であったのかは知らないが、それでも英雄なだけにそれなりに上の地位に位置していたのだろう。
仮に中身も見た目通りの少年だとしたら、生まれながらの貴人なのだろうが。まぁ、そんな事はヒヅキにとってはどうだっていいこと。少なくとも、ここではどんな地位も役には立たないのだから。
「畏まる必要はないので、頭を上げてください。私はヒヅキです。それで、貴方は過去の英霊という事でいいのですか?」
畏まる必要はない。そう言ったからには、丁寧ではあるが遜らないように気をつけつつ、ヒヅキは質問を重ねる。
どんな英雄だったのか。その質問の前に、目の前の少年が本当にヒヅキの中から解き放たれた英雄の一人なのか確認しておく事にしたのだ。少し前に神に遭遇したばかりであるので、用心するに越した事はないだろう。そう思って口から出た問いだった。
ヒヅキのその問いに、少年はしっかりと頷く。
「はい。どういう経緯かまでは存じ上げませんが、私は英雄と呼ばれ、そして命を落としたはずの存在です」
何となくしか現状を理解していないのだろう。それでも記憶と周囲の状況、先程のヒヅキの問いなどを加味して少年はそう答える。
となれば、やはり英雄で間違いないかと判断したヒヅキは、続いてどんな偉業を成し遂げたのかと問う事にした。




