英雄達69
少しの間見つめ合うヒヅキと少年だったが、ヒヅキはこのままでは埒が明かないと思い、声を掛けてみる。
「どうかしましたか?」
二人の間には距離があるといっても、現在の室内には女性の演説が響いているだけ。それも特段大きな声という訳ではないので、普通に話し掛けるだけでも少年に声は届く。
出来るだけ優しげに声を掛けるようにと意識して声を掛けたので、その声音は柔和なものだ。
ヒヅキに声を掛けられた少年は、益々顔を輝かせる。そのせいで、ヒヅキも益々困惑してしまう。表には出さないようにしているが、それもいつまで続くか。
少年はヒヅキの中に封じられていた英雄の一人だろう。そう仮定したうえで、ヒヅキは何故あんな表情を向けられているのかを考えてみる。
(声は届いているようだったから、姿も見えているのだろう。という事は、受肉してこの世界に定着した英雄と考えて問題ないと思う。そのうえで、あんな憧れを抱いているような表情をされるような覚えは………………無いな)
英雄達が何処から記憶があるのか不明ではあるが、仮にヒヅキの中に居た間の記憶は無いとすると、あの少年が見ていたのは受肉してから今までの間という事になる。
ヒヅキは光の膜の外に出てからの自身の行動を思い起こす。そのうえで、客観的に見て憧れるような要素があっただろうかと内心で首を捻った。
(光の膜から疲弊して出てきて、その後はひたすら座って休憩していただけなのだが……)
そうして振り返ってみても、あんな風に瞳を輝かせるような要素は無かったよなと疑問が増す。念の為に2度3度と振り返ってみるも、やはりあんな表情をするような要素は見当たらなかった。
では、もしかしたらヒヅキの中に封じられていた間にも意識があり、その記憶が残っているのだろうかと考えはしたが、しかし特にこれといった活躍をしているとは思えず、こちらも疑問が生じる。相手は英雄と呼ばれた存在である以上、生半可な活躍では驚かないだろう。
そこまで考えたところで、では一体何に対してあんな目を向けてくるのかと、最初の疑問に戻ってしまう。なので再度声を掛けてみるも、相手の反応は似たようなもので、何か言葉を返してくるといった事はない。
どうしたものか。そう悩みながら、ヒヅキはちらと女性の方に視線を向けてみる。
女性の方は完全に意思の統一がなされたといった感じで、演説の方もそろそろ終わりそうだった。
ならばこのままもう少し待っていようかと思いはしたが、憧れるようなまなざしで見詰められたままというのも気味が悪いので、ヒヅキは少し考えて自分から近づいてみることにした。これから行動を共にするかもしれないのだから、分からないのであれば、早めに解決していた方がいいだろうと考えて。
ヒヅキは立ち上がると、意を決するようにひとつ大きく息を吐き出して、ゆっくりと少年の方に歩み寄る。
1歩1歩少年との距離を縮めながら、それにしてもとヒヅキは思う。
(どうしてこの少年だけは女性の方に行かなかったのか)
横目に他の英雄達が全て女性の下に集っているのを確認したヒヅキは、あれほど強力な効果を放っている女性の力に対抗したという事になるこの少年は一体どんな英雄だったのだろうかと、少し興味が湧いた。
無論、警戒も怠らない。光の剣は直ぐにでも現出可能だし、身体強化は常時発動している。転移の腕輪も直ぐに起動出来るように直前まで準備は終えているので、相手の初動を感知出来さえすれば何とか対処出来るだろう。
そこまで対処して、そのうえでヒヅキではそれ以上対処不可能と判断すれば、後は女性に任せればいい。
後は英雄相手にヒヅキが何処まで通用するのかという問題だけだが、それに関してはこれから判ることだろう。




