英雄達67
ヒヅキがそうして内心で自嘲している間も、女性の説得のような演説は続いていた。その成果は出ているようで、聞いている英雄達の表情は呆けたものから真剣なものに変わっている。よく見れば、少し前よりも英雄の数が増えているので、受肉が済んだ英雄も順次女性の術中に嵌っているようだった。
その様子に、凄いものだとヒヅキは感心する。ヒヅキではあそこまで巧みに誘導する事は出来ないだろう。英雄達が抱いている神に対する敵愾心というモノを理解していないというのもあるが。
それに、位置取りも上手い。相手の間合いギリギリを狙って相手の手の内を理解していることを密かに主張しながらも、その実そこは既に女性の間合い内だという安全圏。威圧に際しても手が届く範囲だからこそより効果があったのだろう。
さりげなく顔と身体の向きも別方向にして、常に全体を威圧するのを忘れていない。英雄達は神への敵愾心を煽られてそちらに意識が向いているようだが、ヒヅキであればあの位置で女性の話を聞くのは生きた心地がしないだろうと思うほど。なにせ、女性が背を向けているにもかかわらず、ヒヅキは背中を走る悪寒が止まらないのだから。
時間が経つにつれ、英雄達の受肉も終わっていく。受肉して安定した英雄達は、何故か吸い寄せられるように女性の演説の聴衆となっていく。
不意にその不自然な流れに気づいたヒヅキは、一瞬僅かに眉根を寄せる。ヒヅキ達にとっては都合がいいので構わないのだが、やはりそれはどう考えても不自然な流れだろう。
一体何が起きているのか。周囲に目を向けながら魔力の流れも探ってみる。状況からして女性が何かしているのだろうが、何をしているのか分からないというのは、いくらヒヅキ自身には何も影響が無い可能性が高いとはいえ、不安になってしまう。
そうして周囲を探ってみると、気味の悪い感覚に襲われる。
(これは……)
背筋が寒くなるような感じと共に、何かがずれているような不可解な気持ち悪さ。それも3度目ともなると、それが何かはヒヅキでも直ぐに解った。
(深淵種や神が使っていた精神操作の類いか?)
それが解っても、そうだという確証は無い。それでも、やはりそうなのだろうなと思いながら、ヒヅキは女性も使えたのかとその背に視線を向ける。
話を聞くに、深淵種ほどとはいかないまでも、別に深淵種でなくとも相手の心を探る事が出来れば似たような事は使用可能なようなので、女性が使えてもおかしくはないのだろう。それでもやはり驚きはあるが。
英雄達の様子を見るに、それを扇動の為に使用しているように思える。
しかし、何となくヒヅキにはそれをそう使用しているように見えるというだけなので、実際には英雄達が受肉直後に話を聞くように誘導しているだけなのだろう。
英雄相手にそれだけでも凄いが、もしもそうだとしたら、あの英雄達の歪んだ熱気は本物だという事になる。つまり、やはり今代の神は相当恨まれているらしいという事だ。
周囲を見る限り、気づけばかなりの数の英雄が受肉を果たしていた。まだこちらの世界に定着していない英雄は居るも、その数も数えられる程度にまで減ってきている。見た限りだと、後10と少しといったところか。
それでもまだ終わってはいない。女性の演説はよくも続くなと思うほどに淀みなく行われている。
結構な時間が経過したのでヒヅキの体調も回復したが、やる事もないので座っておくことにする。今なら集中も出来そうなので、ヒヅキはその間に簡単な魔法を行使して魔法の練習をしてみることにした。
少量の水を出す。ただそれだけで、未だに感動出来るほどには魔法に飢えていたようで、そのうえ思ったように魔法が行使出来るというのは今でも信じられなかった。今までの苦労を思えば、奇跡のような気さえするほど。
威力に関しては最初に確認した際に粗方把握出来たので、練習でやりすぎるという事はなかった。




