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「御腹が空きませんか?」

 大事そうに紙袋を抱えたままのアイリスは、半歩先を歩くヒヅキにそう問い掛けた。

「そうですね。もう良い時間ですし」

 一度空を見上げたヒヅキは、太陽が真上近くに来ている事を確認して頷く。

 そのヒヅキの返答に、アイリスはにこりと笑って「では、一度帰りましょう」 と、告げる。

 ヒヅキ達が居る目抜通りから、シロッカス邸までは少し距離がある。

 シロッカス邸が建っている高級住宅街は、ガーデナー城を中心としたガーデン中央区画に一応は入ってるとはいえ、猥雑な喧騒から切り離されたような位置にある区画のためだ。

 そのシロッカス邸に帰宅するために、まずは人通りが多すぎて動き難い目抜通りを抜けようと、アイリスと共に脇道を目指して移動する。

 流れに乗りつつ通りの脇に移動したために、自然と蛇行しながらの斜め移動になった。

 そうして何とか脇道に入ることが出来るも、そこもまだまだ人の数が多かった。

 ヒヅキはアイリスを隣で守りながら通りを歩く。

 ガーデンの治安は良いらしいが、全く犯罪が無い訳ではない。ましてアイリスは豪商の愛娘、用心に越したことはない。

 脇道を先へ先へと進んでいくと、次第に人の数も減ってくる。

 そこは表通りに比べると薄汚れた印象の場所ではあるが、それでも店と住居が建ち並ぶ普通の通りだった。少なくとも、ヒヅキの暮らしていた田舎よりは賑わっている。

 時たま巡回中の衛兵の姿を目にしながら進んでいると、少し狭くなった通路で、三人の柄の悪そうな男が前に立ちはだかった。

(ああ、面倒くさい)

 ヒヅキは真っ先にそう思いはしたが、顔には出さずに、アイリスを庇うような位置で、その三人を避けるように端に寄る。

 そんなヒヅキたちの動きに合わせて三人の男は移動すると、ニヤニヤといやらしい笑みをその面に浮かべる。

「そんな避けなくてもいいだろう。ちょっと兄ちゃん達に頼みがあるだけなんだから」

「…………」

 ヒヅキはどうにか横を抜けられないかと再度移動するも、相手もそれに合わせて動く。

 ヒヅキは内心で盛大にため息を吐きながらも、背後にも似た気配が在るのを感じとる。

(囲まれた、かな)

 ヒヅキは念のために周囲の様子を確認する。

 通路は狭いとはいえ、道幅は四五人なら何とか横一列でも通れそうな広さはある。

 両脇には建物の壁が隙間なく並び、近場に脇道の様なモノは見当たらない。

 通行人はちらほらと居るものの、こちらを確認するなり慌てて引き返す者か、こちらを愉しそうに眺めているような、目の前の男たちの同類しか居なかった。

 どれだけ居ようと所詮は街のゴロツキ。スキアさえ倒せるヒヅキにとっては、敵にさえ成り得ない存在のために全く恐怖は感じなかった。

 それにしても、普段のここら辺はこんなに治安は悪くなかったはずだけど? と、ヒヅキは内心で首を捻る。

 そんな間に背後のご同輩が五人現れ、ヒヅキ達は挟まれたかたちになる。

(やるしかないか)

 そう覚悟を決めはしたが、どれだけ手加減すれば大丈夫か頭を悩ませる。流石にいくら戦うと言っても、この程度で殺人はやり過ぎだろう。

「なぁ兄ちゃん達さ。通行料って事でお金を置いていってはくれないかい?」

 目の前の体格の良い男が、ヒヅキを覗き見るようにして問い掛けてくる。

 そのいかにも小物らしい台詞と、こちらを威圧しているのだろうと思われるその威丈高な態度に、ヒヅキは不覚にも噴き出しそうになり、必死でそれを堪える。こんなのでも一応は頑張っているのだ、頑張りを笑うのはよくないかもしれない、と自分に言い聞かせながら。

 そんなヒヅキの葛藤を恐怖で震えているとでも取ったのか、男は機嫌良さげににやつく。

 そして、視線をヒヅキからアイリスに向けると、その可憐で儚げなアイリスの美貌に、笑みの質を愉悦から下卑たものに変える。

「ついでだ、その女も置いていってくれや。何、俺らが飽きたら返すからさ!」

 その悪意に満ちた目を向けられたアイリスは、耐えるように手に力を込める。それでガサッという紙袋が潰れる音が起こり、ヒヅキはそれを耳にして、一瞬で芯が冷えたかのように表情を消す。

 今のヒヅキはアイリスの護衛。ならば、それを脅かすモノは排除しなければならい。まして恐怖を感じさせるなどあってはならないことだろう。

 目の前の男たちだけではなく、それを許してしまった自分にも怒りを向けつつ、ヒヅキはにこやかに微笑んで男に告げた。

「痛い目を見たくなければ、さっさと消えてくれませんか?」

 それを虚仮威しとでも取ったのか、男たちはゲラゲラと品の無い笑い声を通路に響かせる。

「威勢だけは良いな。それだけは褒めてやるが、そういうのは相手を見て喧嘩を売れな!」

 男は拳を握って振りかぶると、ヒヅキの胸ぐらを空いた片手で掴み引き寄せる。

 ヒヅキは、自分の胸ぐらを掴むその男の腕を掴むと、握り潰さないギリギリを狙って圧をかける。

「あっ痛たたたたたたたたたた!!!!!!!」

 痛みに絶叫する男に、ヒヅキはにこやかに微笑みながらもう一度お願いを試みる。

「早く視界から消えてくれませんか?」

「ヒッ!!」

 それに男は、痛みも忘れて情けない声を出した。

 ヒヅキは微笑みを浮かべてはいるものの、その笑みに温かさは微塵も存在せず、それどころか、目にした者が喉元に鋭利な刃物を突きつけられたような恐怖感を感じる類いの、所謂殺気に満ちた笑みというやつであった。それも、この場に置いての絶対者の。

 それは直接向けられた男でなくても感じるようで、両脇に居た二人の男の内、一人はあまりの恐怖に気を失い、もう一人は腰を抜かすと、視線を盛んに泳がせながら、壊れたようにぶつぶつと訳のわからない言葉を口にしている。

 そんな笑みを向け続けられている男はというと、ぐにゃりと身体を曲げて、失禁しながら白目を向いて気を失っていた。

 そのあまりに無様な失神に、ヒヅキは一瞬、加減を読み間違えて事切れているのかと思い軽く焦ったのだが、微かに呼吸をしているのが確認出来たので、ホッとしながらも大丈夫そうだと判断して掴んでいたその男の腕を離すと、そのまま地面に倒れ伏した。

 ヒヅキはアイリスに顔を見られない角度で、背後の五人の方に振り向く。

 一瞬で無力化された仲間の様子に唖然としていた背後の五人の男たちは、ヒヅキが顔を向けたことで恐怖にかられ、手に手に棒やナイフなどの武器を構える。

「それを私に向ける意味は理解してますよね?」

 アイリスを背に庇うように動いたヒヅキが、静かな声音で男たちに問い掛けると、その言葉の意味を解する程度の知能は残っていたらしい男たちは、視線を盛大にさ迷わせて躊躇する。

 そして少しの間、恐怖で手に張り付いた武器を剥がそうと悪戦苦闘していたが、諦めて男たちは武器を手に、ヒヅキに背を向けて脱兎のごとき勢いで逃げ出したのだった。

 そのすぐ後に、遠くから衛兵の怒鳴り声のようなものが耳に届いたので、ヒヅキはおそらく彼らは捕まったのだろうと推察するのだった。

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