英雄達50
「ですが、実際には神は斃されたのですよね?」
「ええ」
「……本当にそんな事が可能なのですか?」
実際に事は成されて今代の神は神に成ったのだが、それでも疑問は抱いてしまう。それを理解している女性は、苦い物でも口にしたかのような表情で頷く。
「以前にも話しましたが、世界の力の総量はほぼ一定です。少なくとも上限は最初から定められていて、力の総量が減っても、上限が増える事はありません」
「はい。それは覚えています」
以前というか、それほどほど昔でもないので、それはヒヅキの記憶にもまだ残っていた話だ。
ここで言う力とは、世界中あらゆるものを構築しているモノの事で、力の総量とはそれら全てを合算した量。
定められている力の上限というのを器に例えると、力とはそれに入れられた水だ。その器に満たされた水を使えば、あらゆるものが創造出来る。
この世界に於いて、その水は世界その物の構築と維持に大部分が使用されている。その他には世界に生まれたあらゆるものに使用されているが、この水が器よりも多くなる事はない。そして、器の大きさは不変。
水は元の量に戻る事はあっても、上限を超える事はない。元に戻るといっても減った分が自然と回復していくのではなく、水を使用して構築した何かが水に戻っただけ。
そうして決まった範囲で世界は構築されているのだが、世界の構築と維持以外でもっとも水の容量を消費している存在は何か。それが神と呼ばれる存在であった。
その神を倒すと、そこに割かれていた水の大半を分け与えられるのだが、世界以外でもっとも水が使用されている神を倒すのは、普通では不可能であった。なにせ神とは、世界その物を除くその他全てを合わせた量よりも多い水で構築されているのだから、それを越えるなど不可能な所業。あまりの量に、少しぐらい神を構築している水が分散したところで気にもならないぐらい。
だが、それを成した者が居た。絶対に不可能なそれを成してしまった者が。
「今代の神は、どうやってか神をも超える力を手に入れていました。しかし、そうなると力の総量に対しての計算が合わなくなってしまいます。他の場所から力を持ってきたにしても、総量で許容範囲超えていましたから。なので、そこから推測出来る答えはひとつだけ」
「それは?」
「あれが上限を上げる、もしくは無視する方法を知っているという事です。それも、自身に集まるような形で」
「………………それはまた」
「厄介というどころの話ではないでしょう。まぁもっとも、その辺りの推測は出来ているのですが」
「それは一体?」
「深淵種ですよ。あれは深淵種を取り込んで形を作った。そして、深淵種は願望を映す鏡にして、それをこの世界に生み出す道具でもある」
「しかし、深淵種も基はその力より生まれた存在なのですよね? なのに、その力以上の存在を生み出せるものなのですか?」
「それは不可能でしょう。ですが、あれは深淵種を取り込んだ神の残滓ですので、その影響という事なのでしょう。あくまで私の推測ですが、おそらく深淵種の特性を別の何かに変化させて使用したのでしょう。それが何かまでは分かりませんが、力の総量が上限を超えてしまっているというのは事実ですから」
器から溢れることなく、水が器を超える。普通に考えればそれはありえない話だ。仮に水が増えたとしても、器以上に総量が得られる訳がない。器の縁を超えた水は溢れてしまうのだから。
だが、それが実際に起こってしまっている。女性は長い年月をかけてその辺りも調べてみたらしいが、力の総量は確かに増しているというのは確認出来たらしい。しかし、それに伴い上限が増したかといえばそうではなかったようで、上限は依然として不変なままであった。
その原因は今代の神だというところまでは解明出来た訳だが、その先までは未だに不明だという。
それは、ヒヅキにとって夢物語の方がまだ現実味のある話。しかし、そうも言ってられないのが悲しい現実でもある。ではどうすればいいのか、ヒヅキはそう思考を巡らせるが、女性が長年掛けて辿り着けていない難問に、ヒヅキが少し考えた程度で辿り着ける訳がなかった。
故に、ヒヅキはひとつの答えを導き出す。それは無邪気とも言える答えであり、女性では仮に辿り着けても一笑に付したであろうお粗末な答えであった。




