英雄達47
相手の言葉に、ヒヅキはどういう意味かと内心で首を捻る。
その声だけは昔に聞いたことがあるような気がするも、詳しい事はもう覚えていない。もしかしたらその当時と比べて、という事なのだろうかと想いはしたが、もしも本当に相手が神であれば、昔から観察されていてもおかしくはないだろう。
しかし、そうは思うが、どうにも何かが引っかかる。そう感じたヒヅキは、先程感じたものについて意識を集中させていく。
「君も居る事だし、これは少しは楽しめるのかな?」
ヒヅキが意識を内側に向けている間、女性の方へと視線を移した相手は、どことなく超越的な笑みを浮かべて女性に語り掛ける。
「さて、それはどうなのでしょうね。それよりも、何故貴方がここに?」
そんな相手の言葉を軽く流した後、女性は気になっていた、相手がこの部屋に居る理由について尋ねる。
「ふふふ、連れないなぁ。まぁいいか。えっと、ここに居る理由だったか。そんなの、君達の手助けをする為に決まっているだろう?」
「手助け?」
警戒しながらも、相手の言葉に訝しげに眉根を寄せる女性。それを楽しそうに見た後、その者は足下を指差した。
「ここの設備ね、長いこと放置されていたからか、どうやら壊れていたようだよ。だから、それを直してあげたって訳さ」
「直しただけ、ですか?」
「そうだよ。変な小細工は施してないから安心してよ。そんな事をしてもつまらないだけだろう?」
「ふぅん?」
楽しげに語る相手に、女性は猜疑に満ちた目を向ける。しかしその声音は、試すような響きを含んでいた。
それを感じ取り、相手は笑みを深める。それは実に楽しげでいながら、危うさを多分に孕んでいるような笑み。
女性がそれを警戒していると、後方からヒヅキの「ああ」 という小さな呟きが耳に届いた。
「どうかしましたか?」
相手に視線を向けながらも、この状況でどうしたのかと気になった女性は、ヒヅキにそう声を掛ける。
突然声を掛けられたヒヅキは慌てながらも、意識を外に戻すことで今の状況を思い出したようだ。
「あ、えっと……大した事ではないのですが」
女性と相手を確認した後、ヒヅキは申し訳なさそうに小さく女性に応える。
「先程あの者から感じていたモノに覚えがあり、それが何かと記憶を探っていたところでして」
「それで、何か分かったのですか?」
「ええ。あの妙な感じは、深淵種との会話の時に感じた違和感に似ていたと思うのですが……」
窺うような声音でヒヅキが告げた言葉に、女性は僅かに驚きを浮かべると。
「よく分かりましたね」
そう感心したように声を出した。
「大して昔の事ではなかったので、なんとか」
女性の賞賛に、ヒヅキはなんとも微妙な感じで言葉を返す。ヒヅキにしてみれば、最近感じたモノと似たようなモノだったというだけで、思い出すのは容易な事であった。むしろ直ぐに思い出せなかった分、少し恥ずかしかったぐらい。
しかし女性にしてみれば、1度しか会った事の無い深淵種とあれを結び付けられるだけ大したものだと感心したのだ。
確かに、深淵種が使っていた相手を騙す言霊と神が使っていた、思考を失わせて相手に疑問を挿ませないというモノは、元を辿れば同じモノに行き着くのだが、それでも既に別物といっても過言ではないほどに分かれている。それをあの短時間に同定するというのは、女性でも驚くべき成果であった。
それと共に女性は、やはりヒヅキは魔力に対する感受性が鋭いと改めて思う。これに関しては、内側の存在は関係ないだろう。
「しかし、何故に深淵種と同じ感じだったのでしょうか? やはり神ともなれば人の心程度は簡単に解することが出来るという事なのでしょうか?」
深淵種は心の中を読む存在故に、それを利用して人を騙していたという。であれば、それと似たような事をやっていた神もまた人の心の内を読めるという事だろうかと、ヒヅキは疑問を覚えた。他者の事など気に掛けなさそうな神だけに、そこに違和感を覚えたのだ。




