小休止4
パリパイを食べ終えたヒヅキとアイリスは、菓子屋を後にして目抜通りを歩いていた。
この頃になると、流石にヒヅキも手を引かれることに慣れてきていた。
それにこれならば、人混みの中でもはぐれてしまうようなことはない。ヒヅキはそこに思い至ると、アイリスは元々それが目的だったのかもしれないと推察する。
ヒヅキは手を引かれるばかりではなく、アイリスの横に移動すると、歩幅を調整しながら肩を並べて歩く。
次々とやってくる人の波を受けつつも、時には交わしたりして先へと進む。
そうして歩いていると、アイリスは次の目的地であろう店の前で足を止めた。
その店は、一見白に塗られた煉瓦造りの普通の店に見えたが、外観からは何の店なのかを示すものは一切見当たらなく、入り口もすり硝子になっており、中を窺うことは出来なかった。造りは店のようではあるが、本当に店なのかどうかも疑わしい。
しかし、アイリスは迷うこと無くその店の扉を開くと、中へと入っていく。
ヒヅキもそれに続いて店内に入ったのだが、店内に入るなり、いきなり鼻を衝く刺激臭が出迎える。
それにヒヅキは言葉こそ発しなかったものの、思わず顔を僅かに顰めてしまう。
更に店内に一歩踏み込むと、今度は目に軽く突き刺すような刺激があり、もう一歩店内に入ると、今度は苦味のある臭いを鼻が捉える。
目への刺激でヒヅキは微妙に涙目になりつつも、店内の様子をしっかりと観察する。
先程の菓子屋より少し広い程度の狭い室内には、幾つもの棚が入り口に対して垂直に2列並んでいた。
魔法光とも火とも違う薄暗い明かりに照らされた室内に並ぶその棚には、色とりどりの液体が入った瓶がいくつも並んでいた。その色合いは、薄暗い室内と相まって、妙に毒々しく見える。
アイリスは、室内に漂う異臭も、怪しい液体が入った瓶も気に止めること無く、真っ直ぐに奥へと進む。
奥には会計の為のカウンターがあり、そこには長い黒髪の眼鏡を掛けた一人の妙齢の女性が、座って静かに本を読んでいた。
「いらっしゃい」
アイリスが近づくと、その女性は顔を上げてどこか面倒くさそうに挨拶をする。
そして、それだけ言うと、女性は目線を本へと戻してしまった。
ヒヅキは最初、その女性からボーッとしているような印象を受けたものの、先ほどこちらに向けた瞳の奥に理知的な光を認め、その印象を怜悧な女性に修正する。
「ポポラさん。頼んでいた物は出来ていますか?」
アイリスはカウンターに手を置くと、女性――ポポラに顔を寄せて、結果を期待するような声で問い掛けた。
「ええ。それならもう出来ているわよ」
ポポラは本から目線を逸らさずに、カウンター下から少し大きめの紙袋を取り出す。
「流石はポポラさん! いつも仕事が早いですね!」
弾むような声でアイリスはそう言うと、ポポラがカウンターに乗せた紙袋を抱きつくように受け取った。
「それでは、また来ますね!」
「ん」
アイリスが紙袋を抱えたまま、にこやかにそう言うと、ポポラは片手を軽く上げて了解の合図とする。
アイリスはそれを確認すると、大事そうに紙袋を抱えたまま、店を後にした。
その途中、ヒヅキがその紙袋を持つと提案しても、アイリスは頑として断り続けるのであった。