英雄達38
それからも女性が壁を指先で撫でては足下が僅かに揺れ、次の文字が現れる。というのを幾度も繰り返したところで、今度は今までよりも強い揺れが起こる。といっても、立っていられないほどという訳ではなかったが。
その揺れを感じたところで、女性が扉の方へと視線を向ける。それにつられるようにしてヒヅキも扉の方へ視線を向けるも、扉には何か変化した様子は無い。当然、開いているという事もなかった。
しかし、女性は扉をしばらく眺めた後に扉の前まで移動する。
「………………」
まるで扉に施されている装飾でも楽しむように扉を眺めると、女性はそっと扉に手を掛ける。そして、女性の手が扉に触れるかどうか、といったところで、カコンという随分と軽やかな音が場に響く。しかもその音と共に、重厚そうな扉がひとりでに動き出した。
音もなく開いたその扉は、半ばほどまで開いたところで動きが止まる。
おおよそ三人分だろうか。ヒヅキ達が通るには十分過ぎる幅が開いて扉が止まると、女性はさっさと扉の奥に行ってしまう。
ヒヅキも足早にその後に続いて扉の中へと入る。
扉の先はここまで来る途中に通った、壁伝いに長い階段の在った空間のような広い場所であった。しかし、こちらには階段ではなく岩を掘って造った立派な建物が在ったが。
「これが神殿ですか?」
外からでも荘厳さを感じさせるその立派な建物に、ヒヅキは思わずといった感じで女性に問い掛けた。
上を向いてみれば、明るい空間内で建物が遥か上空まで伸びているのが分かる。それは空間の天井にまでくっ付いているのだろう。
「神殿ではありますが、目的の神殿ではありませんね」
「そうなのですか?」
十分過ぎるほどに立派な建物だというのに、それでも目的の神殿ではないという。という事は、ここには少なくとももうひとつ神殿があるという事だろう。
「ええ。神殿はこの場所の頂上に建っていますから」
「ああ、そういえばそうでしたね」
女性の説明に、ヒヅキはそういえばと思い出す。道中で女性が頂上に神殿が建っていると話していた。
「では、頂上へはどうやって行くのですか?」
この場所には、以前の空間のように階段は無い。神殿が視界を遮っているので、扉を入って直ぐの場所からではその奥までは望めないものの、それでも何処かに通じているような感じはしなかった。
「この神殿の中を通って頂上を目指すのです。この神殿は頂上まで通じていますので」
「なるほど。天井まで延びているように思えましたが、実際に届いていたのですね」
上を向いてみると、遥か彼方まで建物が伸びている。階段の在った場所もだが、一体どうやればここまで大きな空間を造れるというのか。
(階段やこの神殿もだよな。昔は想像以上に色々と技術力が高かったという事だろうか?)
どうやって造ったのか分からない目の前の建物に、ヒヅキは内心で首を傾げる。魔法で造るにしても、余程の存在でなければ全て魔法でとはいかないだろう。
そんな疑問を抱いている間に女性から「では、行きましょうか」 と声が掛かり、ヒヅキはそれに頷き、後に続いて神殿内に足を踏み入れる。
神殿の入り口には扉のようなものはなく、かといって魔法的な方法で塞がっている訳でもなかったようで、ヒヅキ達はすんなりと神殿内に入れた。
入って直ぐの場所は小さな部屋のような場所で、奥の上の方に何かが祀られていたであろう窪みが存在している。しかし、現在そこには何も無い。
道は部屋の左右に延びていたが、女性は立ち止まる事なく右の道を進む。
進む道は一本道ではあるが、やや急な曲線を描いて奥へと延びている。その先に部屋があるのだろうが、外観よりも明らかに入り口が狭いので、別の場所からこの通路の壁向こうにも行けるのかもしれない。




