英雄達36
「どうやらあの遺体の中ではまだ彼女が生きていたようなので、あのまま遺体を処分してしまうと、完全に消滅してしまいますからね」
「そうなのですか? ですが、あれで生きているのですか?」
そう問いながら、ヒヅキは先程まで目にしていた繋がれた死体を思い出す。全身がカラカラに干からびていて、ところどころ皮膚が破けて骨も露出していた。髪もほとんど抜け落ちており、骸骨に薄い皮を張っただけと言えるその様相を見れば、それが生きているなど誰も思わないだろう。
だからこそ、まだ生きていると言っていた女性の言葉に、ヒヅキはどういう意味かと疑問にも思ったのだ。
「ええ、肉体は死んでいましたね。ですが、精神はまだ生きていましたよ」
「精神ですか?」
「時代によってはそれを魂とも呼称していましたか」
「魂?」
「まぁ、意思みたいなものです。そういった存在がまだあの遺体の中に残存していたので、処理は避けたのです。そもそも魔法を行使し続ける方法ですが、それはその意思を肉体に閉じ込めて、それに魔法を行使させ続けるという方法でした。意思のみにした際に洗脳に近い強要を施しているようで、意思は在っても魔法の行使に対してはどうにもならないようです」
「なるほど。しかし、それを何故処分してはいけないのですか? ここの光が消えるだけではないのですか?」
魔法を行使し続ける方法については、漠然とだが一応理解は出来た。しかし、それと魔法行使を止めさせることが繋がらず、ヒヅキは首を傾げる。この女性に限って、意思が残っているから可哀想。という訳ではないだろう。
「そもそも力の総量というのは、最初から決まっているのです」
「うん?」
突然のよく分からない女性の説明に、ヒヅキは困惑した表情を浮かべるが、女性はそれを気にせず説明を続ける。
「これが減る事はあっても、増える事はありません。ああ、減った分が戻る事は一応あります。ただ最初の総量を上回ることがないだけで」
何の関係があるのか分からないまでも、とりあえず真剣に女性の話を聞くヒヅキ。おそらくこれがどうにかして繋がるのだろうと思いながら。
「この力の総量ですが、簡単に言えばこの世界に存在しているモノの量という事です。自然や生き物などですね。この力の総量の範囲で世界は創られていきます。そして、それは意思も含まれており、このままあの遺体を消滅させてしまうと意思が消滅してしまい、力の総量が減ってしまうのです。普通では起こりえない現象なのですが、無理矢理閉じ込められて、そのうえ強引に力を引き出され続けている影響でかなり消耗してしまっています。なので、強制的ながらも上手く循環している今の仕組みから外してしまうと、途端に力を失った意思は消滅してしまうのです。本来であれば力に戻るはずのところを消滅してしまうので、その分総量が減少してしまうという訳です。一人分の力とはいえ、戻すのはそう簡単ではないので、減らす事はどんなに些細な事であっても避けねばならないのですよ」
「はぁ……なるほど?」
分かったような分からないような。ヒヅキはどう返事すればいいのかと困ったように相づちを打つ。そんな事、ただの人間が考える事ではないだろうと、ヒヅキはつい思ってしまった。
それを察したかのような頃合いで、女性は呆れたように呟く。
「本来であれば、こんな事は神が頭を悩ます案件なんですがね。それに、これがここ1件だけだとは思えませんので、一体どれだけの力が失われた事やら」
呆れと嘆きの混ざったような声音でそう呟くと、女性はヒヅキを促して先へと進みだす。
「あれをどうにかは出来ないのですか?」
色々思うところはあるが、とりあえずヒヅキはそう尋ねてみる。女性であればそれぐらいどうにか出来そうな気がしていた。
しかし、ヒヅキの問いに女性は首を横に振る。
「無理ですね。あれは完全に神の領分です。私では壊す以外にはどうにも出来ません。そもそも神以外がそこまで辿り着いたという事も問題でしょうが……あの頃の世界を管理していた神は誰だったでしょうか。既に今の神でしたかね?」
自分の言葉に、うん? と首を傾げた女性だが、かなり昔の事らしく、直ぐには思い出せない様子。
それを後ろからそっと眺めながら、ヒヅキは女性の後を付いていく。




