小休止3
アイリスに連れていかれるままに人混みを抜けると、次は一件の菓子屋の前に出る。
ヒヅキたちは、通りまで漂う甘い香りに誘われるままに入店すると、カランカランとドアベルが鳴り響き、「いらっしゃいませ」 という元気のいい若い女性の声が掛けられる。
先程の雑貨屋とは違いこちらは煉瓦造りの店で、店内は先程の雑貨屋の半分ちょっとぐらいの広さしかなかった。
その店内には、菓子が納められた硝子張りの透明なケースが奥にあり、その後ろに入店時に声を出した若い女性が立っていた。
他には、壁際に机が1つと椅子が2脚だけ置かれていて、女性の更に奥には調理場らしきものが目に入った。
ヒヅキがアイリスと一緒に硝子越しの菓子を眺めると、そこには小麦粉を焼き固めて上から甘いシロップをかけたものや、中に果物のジャムが混ぜ込まれているものなどが置かれており、どれも綺麗に飾り立てられ、見た目もとても華やかであった。
その菓子の中には、砂糖が使われている少々値の張るような品まで置かれており、ヒヅキは驚きから僅かに眉を持ち上げた。
それらをしばらく眺めていたアイリスは、店員の女性に注文をする。
それはその砂糖の菓子、ではなく、小麦粉を溶いて薄く焼いた生地に、パリパイというガーデン特産の果実に蜂蜜を混ぜたシロップをかけて巻いたものを2つ頼んだ。菓子の名前もそのままパリパイというらしい。
ヒヅキはパリパイを食べたことも実物を目にしたこともないのだが、オレンジ色をした楕円形の果実で、熟したパリパイは味も匂いも甘いという知識だけは持っていた。
アイリスは差し出されたパリパイを両手で1つずつ受け取ると、1つをヒヅキに渡してからお代を払う。
会計を済ませると、アイリスは置かれていた机に移動して椅子に腰掛け、そのままパリパイを食べ始める。
ヒヅキもそれに倣って椅子に座ると、持っているパリパイから仄かに立ち上る甘やかな香りに思わず喉がなり、アイリスに食べてもいいのか確認の問いを投げかけた。
それにアイリスが「はい。それはヒヅキさんの分ですから」 と返してくれたので、ヒヅキは礼を述べてからパリパイにかじりついた。
口にしたパリパイの生地は柔らかく、少し苦味があるも、薄いながらもしっかりとした食感と味が感じられる。
しかし、その生地の苦さは、中にくるまっているパリパイの果肉の広がるような甘さと相性がいいようで、噛み締める度に溢れるパリパイの甘酸っぱい果汁が口の中一杯に広がり、ヒヅキは幸せの甘さに包まれた。
そのまま食べ進めると、パリパイの果肉に掛けられた蜂蜜入りシロップの突き抜けるような甘さが味覚を襲う。その味の変化に、気づけば勢いがついていた食べる速度を落とす。
シロップの突き抜けるような甘さは、パリパイの広がるような甘さを消しさってしまいそうではあったが、僅かにシロップに混ざる花の蜜の様な華やかな味が、逆にパリパイの味を際立てていた。
そこで思い出したかのように感じる生地の苦味がいいアクセントとなり、最後まで舌を楽しませてくれた。
ヒヅキは菓子には詳しくなかったが、幸せの味、というものはこういうもののことなのだろうかと、ぼんやりと頭に浮かべながら、パリパイをぺろりと平らげる。
ヒヅキは思ったよりも急いで食べてしまったなと思ったのだが、アイリスの方を向くと、彼女は既に食べ終えた後であった。