英雄達30
「龍の活動範囲が狭いと何か問題があるのですか?」
何処となく深刻そうな雰囲気だったのでヒヅキはそう尋ねてみたのだが、それに女性はうんと少し思案してから首を横に振った。
「いえ。そういう事はないのですよ。ただ、もう少し活動範囲が広ければ、認知度も上がるのですがと思っただけで」
「そうでしたか」
「ええ」
おそらく何かあるにはある、もしくはあったのだろう。しかし、それはヒヅキとは関係の無い話。少なくとも女性はそう判断したようだ。であれば無理に聞く必要もないかと判断したヒヅキは、それ以上深く踏み込む事はしなかった。そこまで興味があった訳でもないので。
「そういえば、龍の肉というのは美味しいのですか?」
毒の血が流れている肉なので、もしかしたら食べられないのかもしれない。そう思いながらも、好奇心からそう問い掛けてみる。
「食べた者の中には極上の美味と評する者が居るぐらいには美味しいですよ。ただ、事前に龍毒草という草を煮だした液に一晩漬けなければ、毒があるので食べられませんが」
「龍毒草ですか?」
なんとも物騒な名前なものだと思いながらも、それで毒抜きなど出来るのだろうかと考えたヒヅキは、初めて耳にしたその草の名前を訊き返す。
「龍の毒を浴びて育った、という逸話のある草ですよ。まぁそれは俗説ですが、強い毒性を持った草なので、そのまま食べると死にますね。その強い毒性から、龍の毒を浴びて育ったと言われるようになったのです」
「それの煮汁に浸けて肉は大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。この草はそのまますり潰すと毒性のある汁を出しますが、煮だすだけならば毒は出ませんから。ただ気をつけなければならないのは、龍の肉に対しては解毒作用が働きますが、龍の血や臓器などの筋肉以外に関しては真逆に働くという事でしょうか」
「真逆と言うと、毒性が強くなるのですか?」
「ええ。それこそ、龍自身にさえも効果が出るぐらいに」
「それはまた凄いですね」
龍の毒というのは、当然だが龍自身には効果が無い。でなければ龍は生きられないのだから当然だろう。
しかし、その不可能を可能にしてしまうというのは、かなりのものだ。それを使えば龍さえ倒せるという事にもなるのだから、どれだけ強力な毒になるというのか。
「もっとも、昔はそれで龍殺しを行う者も居りましたが、それでも小龍が精々でしたね。龍にも効果があると言いましても、成龍以上には効きが弱いですから、毒で倒すというよりは弱体化させるのが主な目的でした」
「なるほど」
納得して頷いたヒヅキへと、女性はちらりと僅かに視線を向ける。しかし、直ぐに前へと目を戻した。
「そういう訳で、龍の肉を食したいのであれば、まずは龍毒草の採取からしなければなりませんね。龍を狩る程度でしたら直ぐですが」
「龍毒草は何処に生えているのですか?」
「龍の近くに生えていると言われていますが、実は龍の巣周辺にはほとんど生えていないんですよね」
「何故ですか?」
「龍が食べてしまうからです。小龍のおやつですね」
「なるほど」
「それで毒が強くなる事がありますので、龍毒草がよく生える場所に巣を作っている龍ほど強い毒を持っている場合がありますね」
それからも続く女性による龍講座を聞きながらヒヅキが階段を上っていくと、階段の先が大きく曲がって壁の中へと続いているのを目にする。
程なくしてそこに到着すると、ヒヅキ達は壁の中へと足を踏み入れた。
踏み込んだ壁の中は、空も見えないのに明るかった。窓があるとかそういう事もなく、天井も在るので何処からも空は望めない。
光源を探してどれだけ周囲を見回してみても、明かりになりそうなものはない。
明かりを発しているような物が見当たらなかったので、思わずヒヅキは首を傾げてしまった。




