英雄達29
とはいえ、もう過ぎた事だ。ヒヅキは上手くいったのだからそれはいいかと思い直す。どうせ女性のことなので、言わなかったのはわざとであろうし。
それに対して特に腹が立つわけでもないので、ヒヅキは女性に先に行くように促す。
次の階段は、左右に高い壁があるのは同じだが、階段の大きさが前の階段よりも少しだけ小さい。それでもすれ違える程度の広さはあるので、余裕を持って上ることが出来る。
ただ、階段に使われている岩の材質が異なるのか色が違う。上る分には問題ないので、どうでもいい話ではあるが。
階段について観察しながらしばらく上ったところで、ヒヅキは女性に後どれぐらいで神殿に到着するのか問い掛けてみる。
「神殿まで後どのぐらいでしょうか?」
「今のままですと、3日以内には到着するのではないでしょうか?」
「まだ随分とあるのですね」
「そうですね。ここからは真っ直ぐな道ばかりではないですから」
「そうなのですか」
女性の説明に、ヒヅキは道の先に目を向ける。そうすると、道が緩やかに曲線を描いているのが分かった。
「途中でこの壁の内部にも入りますからね。そこからは少し入り組んだ道をしています」
「なるほど。しかし、なんの為に?」
神殿への侵入者を阻止する為なのだろうが、それはこんな崖の上に建てたうえに途中に龍の巣が在るだけでも十分過ぎると思ったヒヅキは、そんな疑問を抱く。やはりよほど用心しているということだろうか。
「侵入者対策というのもありますが、それよりも住居として活用していたようですね」
「住居ですか?」
「主に神殿の管理をしていた者達の住居ですね。こんな場所に在ると管理も大変ですから」
「それは確かにそうですが……ここに住めるものなのですか?」
周囲には岩ばかりで、食べられそうな物も飲めそうな水も無いような場所である。そんな場所に居住空間を作ったところで意味があるとは思えなかった。なのでヒヅキがそう問うと、女性は困ったように笑いながら口を開く。
「不可能ではないですが、ヒヅキが考えたように無謀ですね。まぁ、食料などについては外から定期的に持ち込んでいたようですが」
「そうなのですか」
「ええ。とはいえ、結局そんな無理も長くは続かなかったのですがね」
「………………そこの龍は食べられないのですかね?」
食料と聞いて、直ぐにヒヅキの脳裏に先程目にした巨体が思い浮かぶ。あれであれば、1体仕留めるだけでも結構な人数を賄えそうではある。
「食べられるか食べられないかで言えば、そのままでは食べられません。龍の血には猛毒が含まれているので、龍以外が口にすると結構あっさりと死にますから」
「猛毒ですか」
「ええ。触れると腐敗していく類いの毒ですね。とはいえ、適切に処理させすれば問題ありませんが。毒抜きさえすれば、龍の血は薬の原料として扱われる事もありますから」
「なるほど。今では失われた製法ですね」
そもそも龍という存在自体は物語には出てくるが、認識としてはその程度。その血肉を使った薬など空想以外では伝わっているとは思えなかった。少なくとも人間界ではありえない話だろう。
「まぁ、龍はあまり人前に姿を現しませんから。あんな図体でありながら活動範囲が狭いですし」
「そうなのですね」
「ええ。活動範囲はこの周辺ぐらいではないでしょうか。まぁ、敵が居なくて食料が十分であればわざわざ拡げるほどでもないのでしょうが」
何とも言えない声音でそう言った女性は、小さく肩を竦める動作をみせる。
それを見て、龍の活動範囲の狭さに何か問題があるのだろうかと思ったヒヅキは、女性にそれについて問い掛けてみることにした。




