英雄達27
装飾品は事前に作っていたので、後はそれに陣を刻むだけとはいえ、女性が魔法道具を創るまでに要した時間は10秒と掛からなかった。そのあまりの早業に、ヒヅキは驚く。
それでも陣が刻まれた瞬間はしっかりと目にしていたので、勉強にはなった。真似しろと言われれば無理だが。
ヒヅキが見た限りかなり複雑な陣で、よく腕輪なんかに刻めるものだと感心するほど。細い枝で地面に描くだけでも腕輪ぐらいでは収まりそうにないと思えた。
作業を終えた女性は、腕輪をヒヅキに返す。女性は特に何かを求めるような事はしないので、差し出されたので思わず礼を言って受け取ってしまったが、ヒヅキは本当に受け取ってよかったのだろうかと、今更ながらに考えてしまう。
一応、魔法道具のお礼がしたいとヒヅキは女性に伝えてみたのだが、
「さっきの感謝の言葉だけで十分ですよ」
と言って取り合ってはくれなかった。それでも感謝の言葉を受け取ってくれただけよかったのかもしれないが。
あまりしつこく礼をしたいと訴えるのも違うと思ったので、ヒヅキはそれで納得する。考えてみても、ヒヅキでは女性が満足しそうな礼は難しい。ヒヅキが出来る事の大半は、女性にとっては簡単に行えるのだから。
腕輪を転移魔法の組み込まれている腕輪とは反対側の腕に取り付けると、どんなものかと少量の魔力を流して調べてみる。そうすると、今し方まで感じていた寒さが急に弱まった。
「まぁ、外界とは遮断されますが、その際に元々内側にあった冷気まではどうする事も出来ませんからね。その辺りは少しずつ温かくなっていくでしょう」
ヒヅキがさきほど腕輪に刻んだ魔法を起動させたのを感じ取った女性が、そう付け加えてくる。考えてみれば確かにそうだろうが、その辺りは気にならなかった。それにその辺りは、今後冷える前から起動していれば問題ないだろう。
「なるほど。声も問題なく聞こえますね」
「それは良かったです。気になる点がありましたら、遠慮なく言ってくださいね。その時はその都度調節いたしますので」
「ありがとうございます」
女性の心遣いに感謝を述べながら、ヒヅキは新しい腕輪をひと撫でする。
「それと、そのまま起動し続けるのでしたら、これから先は更に冷えますので、注ぐ魔力量はもう少し多めがいいですよ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
その心配の言葉にヒヅキは礼を言うと、その助言に従って込める魔力量を若干増やしておく。
魔法道具に注ぐ魔力量が増えたところで、これぐらいでいいだろうかと、自身の周囲に意識を向ける。
肉眼では何も変わったモノは見えないが、それでもヒヅキには周囲に魔法の膜のようなモノが出来ているのが分かる。それも先程以上に強固な魔法が。
その強固さを感じたヒヅキは、流石にここまでは要らないよなと思いながら、女性の方を窺いみる。先程女性が強固にした方がいいと言っていたので、無駄に強化した訳ではないだろう。
そうして少し交流を深めたところで、そろそろ目的地を目指すのを再開する。あれから結界の強度について女性から何も言ってはこないので、、おそらくこれで問題ないのだろう。ヒヅキとしても、寒さがかなり和らいだので不都合はない。
既にかなりの距離を進んだのだが、未だに道は真っすぐ延びている。ただ、やや勾配が急になったような気はした。
程なくすると、女性からそろそろ龍の巣に到着する事が告げられる。
それを聞いてヒヅキが進行方向に目を向けてみると、遠くに階段の終わりを発見する。それと共に、その辺りに巨大な存在が居るのがヒヅキの目に映った。
まだ距離があるので細部までは分からないが、暗い赤色をした体表に鳥とは異なる形状の大きな翼。どっしりとした太く大きな2本の足で立っているが、人とは明らかに異なる見た目をしている。
「あれが龍ですか?」
「ええ、そうですよ」
視線を龍へと向けながら女性に確認してみると、女性は軽い調子で肯定する。
遠くからでもその威容は解るのだが、ヒヅキにも大して緊張の色は見られない。恐怖など全くなかった。それは遠くからでも分かるほどの巨体に驚きはするが、女性が語っていたように、思っていた以上にそれだけしか感じなかったからだろう。




