英雄達13
「神殿ですか?」
女性の提案に、何の意味があるのかとヒヅキは首を傾げる。
「ええ。神殿です。そこでヒヅキの中に居る英霊達を外に出そうかと」
「そんな事が!?」
追加でのその説明に、ヒヅキは驚愕する。
しかしそれもそうだろう。ヒヅキとしても長年忌まわしいと思っている自身の力の一端を担っているだろう存在を外に出すというのだから、驚くなという方が無理である。
「可能です。正直、現状では戦力が心許ないので」
「それは確かに」
これから神に挑むというのに、その際に戦力になりそうなのは女性のみ。どう考えても戦力不足であろう。
そこに英雄達を動員出来るのであれば、心強いというもの。
「そういう訳で、神殿に行きませんか?」
「分かりました。では、神殿に向かいましょう」
改めての女性の問いに、今度はヒヅキも深く頷く。
「そうと決まりましたら、早速移動を始めましょう。いつまでもここに居る訳にはいきませんから」
「そうですね」
そうして方針を決めたところで、早速移動を始める。まずは迷宮から出なければならない。
「こっちです」
女性の先導で進む方向は、来た方向とは反対側。そちら側の方が目的の神殿に向かうには都合がいいという事であった。それにそちらの方が避難者と遭遇する事もないだろうという思惑もある。とはいえ、遭遇したところで何の問題もないのだが。
迷宮内は相変わらず入れ組んでいるが、女性の足取りに迷いはない。迷宮内に住む動物達は、女性が近づくと逃げていった。
しばらくそうして進んでいくと、出口が見えてくる。女性はそちらに向かっているので、そこが目的の出口なのだろう。
迷宮内は足下が凸凹していたが、それでも迷宮内よりはマシであった。魔物が居ないというのも大きいのだろう。
到着した出口から外に出ると、目の前に湖が現れる。キラキラと月光を反射させて湖面が輝いている。どうやら現在は夜らしい。
湖の大きさはそれなりで、泳ぐぐらいなら問題なく出来そうだ。
周囲を探った後、ヒヅキは湖に近づいて中を覗き込んでみる。湖面はキラキラと月光を反射させていて神秘的ではあったが、覗き込んでみた湖の中は淀んで見えた。
見た目からして飲み水には適していなさそうだが、覗いた限りには魚などの生き物の姿も確認出来ない。
「ここは何処なのでしょうか?」
湖を覗き込んでいた顔を女性の方に向けたヒヅキは、そう問い掛けて周囲を見回す。
そこは森、いや木が疎らに生えている林の中であった。湖が汚れていたからか、林の様子が寂しく見える。
疎らな木々の間から見える林の奥には、石造りの崩れた建物が在った。植物に飲み込まれるようにして遺っているそれは、かなり古い建物のようだ。
他には何かないかと思うものの、他には目につくものはない。記憶を辿ってみるも、知識の中に該当しそうな場所はなかった。そもそもヒヅキは、人間の国の外の知識はそこまで多くはないが。
「魔族の国から北東の方にずっと行った場所ですね。鬼が支配している地域を過ぎるかどうか、といったところでしたか。まぁ、大分辺鄙な場所です」
「それはまた、随分と遠くに……」
現在地について女性の説明を聞いても、ヒヅキにはその現在地が何処なのかは分からない。しかし、話を聞く限り人間の国からはかなり離れた場所なのは解った。そもそも鬼の支配地域など人間の国からしたら世界の果ても同義だろう。なのにその先とは。
「こんな場所に目的の神殿があるのですか?」
「いえ、神殿はまだ先ですね。そこは昔から立ち入るのが困難な場所でしたので」
「立ち入るのが困難というと、道が無いという事ですか?」
例えば周囲を断崖絶壁に取り囲まれた場所にポツンと建っているとか、火山の中に入らないといけないとか、そういった地理的な難所に神殿は建てられているのだろうか? と、ヒヅキは考えた。仮にそうだとしても、そんな場所に建てる意味が解らないが。どれだけの苦難があったのやら。
「それもありますが、その前に巣があるのですよ」
「巣、ですか? 何のでしょう?」
「龍の巣です」
「龍の巣ですか……龍って、あの物語で出てくるような上位生命体ですか?」
「ええ。今の時代ですと伝説のような存在ですね。辺鄙な場所に巣を作っているので、あまり人前には出ませんし。何代か前の時代には、神の敵対者なんて呼ばれていたんですよ」
おかしそうに口にする女性だが、その時代を知らないヒヅキにはそれの何がおかしいのかが解らない。
それを察したのだろう、女性はハッとした後に恥ずかしげに笑みを引っ込める。
「えっと……今向かっている神殿ですが、実はその時代に建てられた建物でして」
「はぁ」
「そして龍を神の敵対者と呼んでいたのは、当時もっとも勢いのあった宗教なのです」
「そうなんですか」
女性の言いたいことがいまいち解らず、ヒヅキは気のない返事をする。いや、流石に話の流れでそこまで言われれば女性が何を言いたいのかは多少は推測出来るのだが、それでも話してくれるのだからヒヅキは大人しく話を聞く事にした。推測出来るといっても、一部でしかないのだから。




