英雄達11
「それが通じるとでも? そもそもそれが何か知っている時点で、渡す以外には奪われるしか選択肢が存在しない事は理解出来ていると思いますが?」
「………………」
女性の言葉に、男性はにこやかな表情のまま沈黙する。
「先程から無駄な足掻きをしていますが、それが効くとお思いで?」
黙したままの男性に、女性はやれやれといった感じで肩を竦めて首を振る。その動作はわざとらしく芝居がかっていたが、その相手を小馬鹿にする動作が妙に慣れているようにも見えた。
「今の時代にしてはそこそこな言霊使いですが、私から見れば赤子と変わりませんね。いえ、可愛げがある分、赤子の方が優秀ですか」
相手を煽るような物言いは、今までの女性の言動とは異なる。それだけ、相手に対して思うところがあるのかもしれない。
「さて、選ぶ機会を与えましょう。貴方が持っている欠片を渡しますか? 奪われますか?」
寒々しい微笑みを顔に浮かべる女性に、男性は逡巡するように僅かに目を泳がせると、最期に告げた。
「はて? 何の事だか――」
全てが終わった後、女性はヒヅキの方に顔を向ける。
「まぁ、問題ないとは思っていましたが、無事で何よりです」
「それはどういう意味ですか?」
いつもの微笑みを浮かべながら告げられた言葉に、ヒヅキはどういう意味かと首を傾げる。
「あれですよ」
そう言って女性が視線で示したのは、うつ伏せに倒れている男性。その身体の横で天井を見上げている虚ろな瞳は何を映しているのか。
「?」
しかし、そう言われてもヒヅキにはよく分からない。解っても、男性が何かをしたぐらいだろう。
「あれの言葉を聞いて、違和感はありませんでしたか?」
「ああ、そういえば」
男性の言葉を聞いて背筋が寒くなったのを思い出したヒヅキは、あれが何かやったという事だろうかと思うも、それでも何をされたのかは分からなかった。
「それがあれの攻撃ですね。深淵種は相手の心を映す種族なだけに、相手の心に滑り込む事が出来るのですよ。もっとも、これは容易な事ではないので、全ての深淵種が可能という訳ではありませんが」
「そうなんですか」
「ええ。成功するにしても大分格下でなければ難しいですから、使い手でもそこまで脅威ではない……この衰退した世界ではそうでもないようですが。それでも、ああして見た目も演出しなければならない程度には弱い力ですね」
「なるほど」
女性の説明にヒヅキは頷くも、おそらく女性が考えている以上にこの世界ではそれは脅威だっただろう。と、ヒヅキは思った。少なくとも、一緒に避難していた者達では厳しいと予想出来る。つまりは、既に避難者は男性の術中に嵌っているという事。とはいえ、それはヒヅキ達には関係ないが。
「それで、ですね」
「ん?」
ヒヅキがそんな思考をしていると、女性が申し訳なさそうに口にする。
「あれから欠片を回収してもらえませんか?」
そう言って女性は、男性が背負っていた籠を指差す。
籠は男性が倒れた拍子に中身を周囲にぶちまけており、籠の中にはほとんど中身が入っていなかった。
それでも散らばった周囲を見回す限り、そこに水晶の欠片が落ちている様子は無い。女性も籠を指差している事から、まだ籠の中に残っている植物の中に埋もれているのだろう。
それはそうと、女性は何故目の前にあるそれから自分で水晶の欠片を拾わないのだろうかと、ヒヅキは首を傾げる。別に探って拾うぐらいは問題ないのだが、位置的には女性の方が籠に近い。
当然ヒヅキのその疑問を理解した女性は、困ったように口を開いた。
「実はですね、私は欠片に直接触れないのですよ」
「どういう事ですか?」
「そういう呪いのようなものです。欠片が揃えばそれも取り払われるのですが、今は誰かから譲渡されないと欠片に触れられないのです」
「……なるほど」
だから前の遺跡の時も自分で回収しに行かなかったのかと納得したヒヅキは、まぁそれならばしょうがないかと女性の代わりに水晶の欠片を回収することにした。




